第3回防災まちづくり大賞(平成10年度)

【消防庁長官賞】大震災を想定した、街中で行う実戦的でリアルな防災訓練の実施

【消防庁長官賞】大震災を想定した、街中で行う実戦的でリアルな防災訓練の実施

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京島文花連合町会及び東京消防庁向島消防署(東京都墨田区)

事例の概要

  • 1.はじめに
     今回、発災対応型訓練を実施した東京都墨田区京島三丁目の地域では、関東大震災の際には、家屋の半数が倒壊したが、火災は発生しなかった。また、東京大空襲など戦火の被害も免れた大正時代の木造住宅が点在し、入り組んだ狭い路地の軒先には植木鉢が数多く置かれるなど、いわゆる下町風情の残る地域である。
     反面、消防ポンプ車が通行できるのは、主要な道路に限られ、入り組んだ路地には、ホースカーが辛うじて通ることができるなど消防活動が困難な地域でもある。
     地域内の5つの町会が、従来から合同で開催している防災訓練は、学校や広場に住民が集合して、行政側の設定した消火訓練や応急救護訓練等を実施するものである。参加者は、ほぼ同じ顔ぶれの町会役員など高齢者が多く、また、訓練内容もマンネリ化の傾向が見られるとの指摘も聞かれていた。
     さらに、人口5,944人の内、平成9年の訓練参加者は280人で、参加率は4.7%であるなど、年々、参加者は減少傾向にあった。
  • 2.発災対応型訓練発案の経緯
     平成10年3月、東京都から公表された「地震時における地域危険度測定調査報告書」では、東京消防庁向島消防署管内のうち、墨田区京島三丁目及び京島二丁目の総合危険度のランクは1位及び2位、つまり大地震の際には、東京で一番危険な地域であるとの評価であった。そのほか、向島消防署の管内には、危険度ランク5段階中「5」の評価を受けた地域が合計9町丁目にも及んだ。
    このため、向島消防署では、「ランク5」と評価された地域の実態把握や震災対策の見直しを図るとともに、緊急対策会議において、当面の基本方針を検討した。その基本方針の一つとして、まず、東京で一番危険と評価された京島を「東京で一番防災意識と行動力の強い街」に変えることを念頭に、「自分たちの街は自分たちで守る」ということを更に推進するため、京島三丁目の5つの町会をモデルとした「発災対応型防災訓練」のイメージを策定した。
  • 3.発災対応型訓練の特色
     本訓練は、従来の学校や広場に住民が集合して行政機関が訓練内容を設定する「行政依存型」ではなく、街中を会場として町会役員等が被災状況を設定する「住民主体型」として実施するものである。平成10年11月3日の祝日に午前9時から約30分に渡って実施した訓練の特色は次のとおりである。

    • (1)5つの町会区域において、同時に火点46、けが人48、
         倒壊家屋5、通行障害5、合計104の事象を発生させた。
    • (2)従来の集合型とは異なり、自宅周辺を被災地に見立てて、民家の目の前に火災を発生させたり、路上にけが人が倒れている想定とした。
    • (3)墨田区役所、向島警察署、学校関係者にも協力を依頼し、合同で実施した。
    • (4)発生の合図があるまでは、関係者以外の住民には、火災の発生場所やけが人等の想定を知らせないこととした。
    • (5)訓練に使用する資器材はすべて町会や個人が備えている物を使用することとし、訓練用消火器や救助資器材などを消防署から貸し出さないこととした。
    • (6)消防車両、パトカー及び白バイ計15台による一斉サイレンの吹鳴後に行動を開始することとし、サイレンの合図があるまでは、参加者全員が自宅で待機した。

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バケツリレーによる消火訓練

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発災対応型訓練の開始状況(火災発生及び負傷者の状況)

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消防団員と住民による倒壊建物からの救助訓練

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総合危険度ランク5該当地域と順位

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訓練想定イメージ図

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発災対応型訓練の流れ

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発災対応型防災訓練の実施要領

苦労・成功のポイント

 この新しい企画の「発災対応型防災訓練」を進めるにあたっては、①5町会に対して訓練内容を説明し、町会役員をはじめ地域住民の協力と理解を得ること、②新たに若年層の訓練参加を促進すること、③墨田区の防災課からも住民へのアプローチと広報を進めてもらうこと、④向島警察署など関係機関に協力を求め、通行障害の事象発生と広範囲にわたる通行止、道路使用許可を得ること等々が必要とされた。
 このうち、住民側の理解を得ることが最も困難であった。新しい訓練に対する戸惑いや困難性を訴える住民が多く、住民への呼びかけと協力の依頼については、町会役員及び向島消防署の担当者が小中学校、PTA、町会の会合等の場へ幾度となく出向し、訓練の必要性と有効性等を粘り強く説明したことにより、半年にも及ぶ繰り返しの折衝の末、町会役員全員の合意をもって実施の運びとなった。
 準備期間中においては、「訓練想定箇所」を決めるにあたり、消火ハウスなど火を使う資器材の周囲には燃えやすいものがないこと、また爆竹などの効果音の発生場所の周囲には赤ちゃんや病人等がいないこと等の選定条件を踏まえる配慮が必要であり、町会役員等の協力が不可欠であった。
 また、訓練の開始直後においては、バケツリレーのバケツが戻ってこない、路上のケガ人を搬送する担架の設置場所が分からない、家庭の救急箱の中には三角布や包帯が入っていない等のハプニングが発生した他、街頭消火器の設置が高く容易に取り出せないことが判明したため、関係機関が即座に改修したこと等は、まさに実戦的な訓練成果のひとつであった。
 なお、平成10年3月、東京都から発表された地域危険度測定調査結果に対する地域住民の戸惑いを、震災対策に係る住民の防災意識を取り戻す恰好の機会として捉え、消防署側から積極的に働きかけたことも奏功した要因であった。

成果・展望

 消防側の熱意が住民に伝わり、参加者は830名と、前年比約3倍となった。
関係者以外の住民は、火災やけが人等の想定を知らされていないので、より実戦的でリアルな訓練を企画できた。
 消火器や救急箱などは町会や個人が備える身近な物を使用させたことで、住民自身も街の状況がつかめ、備えの重要性を再認識できた。
 警察官の協力により、通行障害のある道路を設定し、迂回する必要性を要素に加えたことから、住民は避難場所へのルートを自ら選択するなど、状況に応じた判断力が養われた。
 従来の防災訓練の概念を大きく変えるとともに、住民から大きな支持が得られた。アンケート調査の結果では、「来年もやってみたいと思いますか」という問いに対して、131人の回答中、85%が「やりたい」との回答であり、参加者から好評を得た。
 本訓練を検証した結果、街頭消火器や、バール、ハンマー、ジャッキ等の簡易救助資器材が不足していることが判明したことから、墨田区においては、危険度の高い地域にそれらの資器材を増設することとした。
11月3日の訓練がマスコミ8社により大きく報道されたことから、他の消防本部や住民から大きな支持が得られた。

事業年度

 平成10年度

団体概要

  • ・京島文花連合町会(5町会、
      加入世帯2,600世帯、住民5,944名)
  • ・東京消防庁向島消防署
      (職員176名、消防車両21台)