昭和61年10月11日エルサルバドル地震災害

地震の被害状況

エルサルバドル地震災害

地震の被害状況 国際消防救助隊の構成等
携行救助資機材 出発までの動き
被災地での活動状況(1) (2) (3) (4)
各国救助隊の体制 第2次派遣隊
現地での新聞報道及び反響 帰国後の動き
外務省の支援
体験記(1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9)

地震の被害状況
(自治省消防庁、全国消防長会「エルサルバドル地震災害」より。以下同じ。)

  • ■ 地震発生日時
    1986年10月10日(金)11時50分
    (日本時間 同年10月11日(土)2時50分)
  • ■ 地震の規模
    震度7.5(メルカリ方式)マグニチュード5.4(直下型)
  • ■ 震源地
    北緯13.8度 西経89.3度 エルサルバドル南西 太平洋上175kmの地点
  • ■ 人的被害
    死者1,226名(10月14日 ドゥアルテ大統領発表)負傷者8,076名
    被災者数 15万人
  • ■ 倒壊家屋
    3万戸(10月14日 ドゥアルテ大統領発表)
  • ■ 完全倒壊ビル 4棟
    ルーベンダリオビル 経済企画省 ナショナル大学 サンタ・カタリーナ小、中学校
  • ■ 半壊ビル 5棟
    グランド・エルサルバドル・ホテル ペーツ・オフィスビル 国立小児病院(ブルーム病院) ズエニアス・オフィスビル テレフエリコ・オフィスビル

■ 建物等の被害状況概要

  • ・ 被害は、エルサルバドルの首都サンサルバドル市に集中し、特に、サンハシント地区(大衆居住地区)での家屋の倒壊が多大であった。また、ビルの倒壊は少ないものの、それによる人的被害が甚大であった。
  • ・ 市東南部サンハシント地区では、崖崩れも発生しており、地盤、地質(砂質)の悪さと細木または竹の枠組みに泥塗りという家の脆弱な構造とが相乗して被害を大きくしたものと思われた。
  • ・ 市中心部のルーベンダリオビル、経済企画省は完全に崩壊していた。国立小児病院(ブルーム病院)及びグランド・エルサルバドル・ホテルは、1階部分に崩壊が多く発生していた。
    しかし、ルーベンダリオビルと通りを隔てたANTEL(電々公社)ビルは、ほとんど損傷がなく、また、ルーベンダリオビルに挟まれた形で建てられているパシフィックビルには、亀裂がはいったものの大きな損傷がないなど、同一地域でもビルにより被害に大きな差があった。
    また、中央官庁地区のビルには、致命的な損傷はなかった。これは、建築構造の相違か地盤によるものか不明であり、さらに詳細な調査が必要である。
  • ・ 市中心部の商店、住宅の壁、塀(赤いレンガ造り)などの崩壊がみられた。
  • ・ 道路の亀裂、電柱(コンクリート製)の倒壊、液状化現象等は、ほとんど見られなかった。
  • ・ サンサルバドル市内では、外壁のはく離した建物はかなり見られたものの、看板、ガラス等の落下物などはあまり見られなかった。
  • ・ 市東部の国道にかかっている橋梁は、取付部分が1か所、1~2メートルずれていた。

■ 電話、水道、電気等のライフラインの被害状況

  • ・ 電話は60%の不通であった。
  • ・ 水道は30%の断水であった。
  • ・ 電気は50%の不通であった。
  • ・ 都市ガスは、使用されておらず、LPガスが使われているが、被害は明らかでない。なお、ルーベンダリオビルの厨房で火災が発生したが、これはLPガスによるものと推定されている。