〔其ノ九〕「世ハ安政民之賑(にぎわい)」

〔其ノ九〕「世ハ安政民之賑(にぎわい)」

 

第七話で、鹿島太神宮と要石は、地震を鎮めるための図柄として説明したが、事実この構成の図柄の“鯰繪”が、大量に市中に出廻ったことは間違いないが、この図柄は全く反対に、神様達が相談して、鯰のおれに“要石”を背負って「世直し」に行けということになった。というところにこの「鯰繪」の面白さがある。
それだけに、書込まれた文字のせりふは、金持と座頭を徹底的に懲しめており、特異性のもので興味深いものがある。
第一報は、安政大地震に鯰が神様達のお使いとして、“要石”を背負って江戸を中心に、十里四方を、世直しのため、一暴れしたという仮説で話が始まっている。
そこで金持と座頭が、地震で倒れながらも、金を追いかけているあさましい姿に、鯰はもっともらしく説教をしているというものである。
第三段にある“○じるし”とは金持のことで、金持は町人のくせに金の力で、武士の株を買って扶持をとり、家に俵を積み上げて得意になっているから、貧乏人は何時までたっても楽ができないと神様が怒っているぞ、と大いにおどかし、天からこの世の中を泰平にせよとの敬示で、己(鯰)を差向けたのだという話の構成で、「世直し鯰繪」の典型的な一つである。
“要石”が鯰を押えつけるという図柄の“鯰繪”と、全く反対の立場から作者がこれを逆用して、「世直し」を強調しようとする意図が見えるところに、この“鯰繪”の面白さがあるといえよう。