〔其ノ四〕「地震、雷、火事、親父」の話

〔其ノ四〕「地震、雷、火事、親父」の話

 

「地震、雷、火事、親父」という諺は、わが国に古くから言いつたえられた、恐いものゝ代表とされている。この鯰繪で“過事(くわじ)”とあるのは、江戸一流の当て文字で“火事”のことである。
地震を意味する町人風態の鯰と、恐ろしい鬼の雷と、職人風態の火事を擬人化し、ご馳走を前にしての、三人の話のやりとりを構図にしたもので、人々に言いならされた諺と、地震とを引っかけて表現しようとしたところがこの鯰繪の見所となっている。
まず親父が善人顔(づら)をして、地震、雷、火事のそれぞれの現象を取締る神であるところの、火の神様の「回禄」、雷の神様の「加茂大明神」、地震の神様の「鹿島太神宮」(地を守る神)にお願いして“神縛りにしてしまわざあいくめえ”と言わせていることからこの鯰繪の話を始めている。そして、擬人化した地震、雷、火事の三人とは別扱いにして、鯰繪の最大の購入者である親父の顔を立て、他の三人の会話だけを浮ぼりにして、悪者にしているのがこの鯰繪の特長である。
まず、火事が雷に向かって、お前は久しく音がしねえぜと、おとなしくしているの“音”を引っかけて洒落れており、雷の答は“四年前の-嘉永四年(一八五一)江戸大雷雨-の大暴れで、太鼓は打ち折る、腰骨は強打するで天竺にも帰れねえから、天竺浪人だ”と言わせ、鯰に向かって、“この間の大揺れ(安政大地震)は何事だ”と問いつめ、鯰は地震で大火になったのは、水の中で火事は知らねえ”とうそぶいているが、“地震の原因は陰陽の気が和順しないと面白くねえから、大ふざけをやるのさ”と言わせて、地震の発生原因を説明させ、火事が地震に向かって、“四季の気が違って乱心し仲間中が躍ったり、ひっくりかえると地震になるのか”と問うと、鯰は、“自分自身でもわからねえ”と無責任に言いのがれている。
江戸時代の人々は、地震と鯰との拘わりあいをこのように考えており、地震を起こす原因は鯰にあると、素朴に信じていたことがこの鯰繪でもうかがうことができる。
この鯰繪は、「地震、雷、火事」は、恐いものゝ代表で、親父(この鯰繪のお客様)さんは別だとした、擬人法で表現した典型的な江戸時代の地震鯰繪である。