消防専門知識の提供

火災原因調査シリーズ(25-2)
鉄道車両火災鉄道の火災事例(2)

火災事例2 実況見分が3箇所で行われた鉄道車両火災

平成13年3月,横浜市戸塚区のJR戸塚駅構内の東海道線車両から出火し,車両後部運転台の計器及び床下高圧補助箱内部が焼損し,負傷者1名が発生した鉄道車両火災です。
出火原因は車両床下機器の腐食による断線により,運転台の計器に1500Vの高圧電流が流れ,高圧電圧計から出火したものです。 本件火災の問題点は,発災場所と実況見分を実施した場所が非常に離れていたことと,実況見分を3箇所で延べ4回にわたって実施することとなったため,調査活動に大きな支障があった火災です。
類似の事案は自動車専用道路等における車両火災等で実況見分の実施場所や実施日時が大きく異なる火災があることから,これらの火災と共に実況見分実施上の問題を提起した火災です。

火災概要

19時52分ころ,JR戸塚駅に到着した東海道線上り列車の車掌Aは,乗客乗降用のドアを開けたところ,車掌室運転台の計器部分が突然破裂し,炎が噴出した。車掌Aは,一度ホームに降りたが,連絡のため再び車掌室の運転台に戻ったところ,再び計器から炎が噴出し負傷した。 通報で消防隊が現着した時には鎮火しており,調査員はJR職員から「出火時,下り線を通過した列車の運転手が車両下部からの煙を見た。」との情報を得たが,下り線が運行中で,軌道に降りての見分ができないため,現場で車掌室内のみを見分した。その後,当該列車は運転を打ち切り,品川駅に回送された。
火災の翌日,JR品川駅に隣接するJR田町電車区に戸塚消防署調査員と消防局調査員が出向し第2回の実況見分を行ったが,車両床下機器の内部の見分等は田町電車区では設備が無いため実施できないことから,再び当該車両を回送し,3日後,鎌倉市のJR鎌倉総合車両所で第3回の実況見分を行った。
また,車両機器の取り外し等が見分中に実施できないことから,機器の詳細な見分は第4回の実況見分として火災8日後に再びJR鎌倉総合車両所で行った。

見分状況

【現場における見分】

  • 1 焼きが認められるのは運転台の計器部分のみである。(写真2-1参照)
  • 2 運転台の計器は,ブレーキ系統空気圧力計2基,速度計,制御圧力計,高圧電圧計,低圧電圧計の6基が並んでいるが,焼きしているのは高圧電圧計と低圧電圧計で,特に高圧電圧計は激しく焼損している。
    低圧電圧計は樹脂カバーが白濁しているが原型を止め,他の計器は煤の付着のみである。(写真2-2,2-3参照)
  • 3 列車運転再開の必要から,最小限の見分のみを行った。

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写真2-1

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写真2-2

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写真2-3

【田町電車区における第2回見分】

  • 1 運転台計器パネルのカバーを外し,計器パネル裏側を見分すると高圧電圧計の金属ケース上部に溶融箇所が認められる。(写真2-4参照)
  • 2 車両床下の機器外観に焼きは無く,運転台の高圧電圧計に接続される系統機器を確認すると,車両中央部に高圧補助箱が認められる。(写真2-5参照)
  • 3 立会人の説明では,高圧補助箱にはブレーキ及びドアの開閉に使用されている圧縮機のスイッチである接触器が設けられているとのことである。
  • 4 「高圧補助箱内の見分は,この車両が国府津電車区の管理車両であるため,田町電車区では行えない。」との立会人の説明で,再び見分日時場所を調整することとした。

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写真2-4

P75-5

写真2-5

【鎌倉総合車両所における第3回見分】

  • 1 焼損車両の列車編成は15両で,2号車,3号車,6号車,7号車,9号車,10号車,13号車,14号車の6両に電動発電機(GM)が積載され,2号車,6号車,9号車,13号車にパンタグラフがあって,架線から1500Vの電力の供給を受けて,各車両の装置にダイレクトに又は整流,変圧されて供給され運行されている。焼損車両は運転台を設けた1号車である。(図3参照)
  • 2 高圧補助箱内部には,暖房用接触器,圧縮機用接触器,ヒューズが納められ,中央の圧縮機用接触器の周囲に焼け焦げた痕跡が認められる。(写真2-6参照)

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図3
(電気系統図)

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写真2-6

  • 3 圧縮機用接触器下部には変色した端子台があり,この端子台に1500Vと120Vの接続端子が設けられており,1500V端子の二次側と120V端子の配線が脱落している。(写真2-7,2-8参照)
  • 4 運転台の高圧電圧計と圧縮機用接触器,端子台を取り外して見分することとしたが,取り外し作業に時間を要することから,後日改めて見分することとなった。

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写真2-7

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写真2-8

【鎌倉総合車両所における第4回見分】

1 高圧電圧計は,カバー上部のプラス側配線接続部に長さ35㎜幅5㎜の溶融箇所が認められ,分解すると,内部も黒く焼損している。(写真2-9,2-10参照)

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写真2-9

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写真2-10

2 内部のコイル部は,プラス側接続部に溶融箇所が認められる。(写真2-11参照)

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写真2-11

3 圧縮機用接触器は端子台に接する部分が焼け焦げているが原型を止めている。端子台は1500V端子と120V端子間に幅10㎜の溝があり,両端子間が激しく変色し,電気的な痕跡が認められる。端子台の材質はベークライトである。(写真2-12参照)

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写真2-12

4 高圧補助箱内の焼損機器については,電気的な鑑識が必要であることから,(財)鉄道総合技術研究所において鑑識を行うこととした。

【鉄道総合技術研究所における鑑識結果】

当該車両の高圧補助箱は,換気孔が無い形式のものが代替品として用いられていた。このため,多頻度で高電圧の遮断を行う圧縮機用接触器から発生した NOx ガス等が高圧補助箱内に充満し,大気中の水分と結合し硝酸イオン( NO³‾ )となり銅線や端子の腐食を促進し,直流1500V配線の断線に至った。
これがきっかけとなり直近の120V(電圧計への配線)の端子との間にアークが発生し,電圧計に直流1500Vが流れ電圧計が焼損した。 これを検証するために端子台の表面付着物とケーブルの銅素線の付着物を分析した結果,端子台の表面付着物から多量の無定型炭素と少量の金属銅,ヒドロキシ硝酸銅が,ケーブルの銅素線の付着物からヒドロオキシン硝酸銅が検出された。(写真2-13参照)
銅は硝酸酸性雰囲気で腐食し,硝酸銅を生成する。硝酸銅は加水分解を受けると,ヒドロオキシ硝酸銅になることが知られている。ケーブル素線の付着物等からヒドロオキシ硝酸銅が検出されたことから,硝酸イオンによる銅線の腐食が裏付けられた。
なお,高圧補助箱内部が硝酸酸性雰囲気となる要因として,端子台付近の遮断器(圧縮機用接触器と暖房用接触器)で発生する火花を想定している。文献によると,火花で空気中の窒素が酸化され NOx が生成し,大気中の湿度で容易に亜硝酸 (HNO2)や硝酸 (HNO3)に変化することが示されており,高圧補助箱内部の硝酸酸性雰囲気に関する想定も妥当である。 《鉄道総合技術研究所「113系高圧補助箱の焼損品の分析結果」から抜粋》

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写真2-13a

P77-2

写真2-13b

【類似の車両火災】

平成10年4月,横浜市内の国道上で走行中の乗用車(97年式三菱シャリオグランデ)の機関部から出火し,機関部及びフロントグリル,フロントバンパーを焼損した。鎮火後,車両を所轄警察署に移動し見分を行ったが,機関部の詳細な見分を行う必要から,火災の3日後,厚木市内の三菱テクニカルセンターに消防署調査員と消防局調査員が出向して実況見分を行った。
また,平成11年6月には,同様の車両火災の調査のため,消防署調査員と消防局調査員が東京都江東区のメーカー車両工場に出向して実況見分を行った。

【調査上の問題点】

この火災では,実況見分実施上の次の問題が提起された火災です。

  • 1 鉄道車両火災や道路上の車両火災の現場での実況見分要領
  • 2 実況見分の実施場所が管轄区域外となる場合の調査体制
  • 3 実況見分が複数回行われる場合の調査の継続性の確保

これらの問題点についても,前記の火災調査研究会で討議され,実況見分のあり方やメーカーの調査結果の取扱いについて,認識を新たにした火災でした。