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火災原因調査シリーズ(22)
建物火災「たばこにおける出火」事例について

1 はじめに

 たばこが出火原因の火災は全国的に火災原因の上位を占めています。

 本市においても,たばこが原因の火災は過去10年間,いづれも第三位と原因の上位を占めています。

 たばこが原因の火災は,微小火源火災と一般的に言われ,無炎継続燃焼をした後に発炎現象に至り,出火する事例が多く見られますが,今回の事例については,たばこが火源となり,短時間のうちに出火した事例について,ご紹介いたします。

 なお,この火災により,火元建物居住者1人が焼死した。

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2. たばこによる出火事例

(1) 火災概要

出火年月 平成9年11月
出火建物 木造モルタル瓦葺2階建
専用住宅
建築面積  80m²
延べ面積 110m²
焼損程度 専用住宅1階居室から出火し,隣接2棟に延焼し床面積110m²を焼損。
3世帯6人が被災した建物火災である。

(2) 出火時の状況

 この火災は,自宅で病気療養中の世帯主が,1階居室(寝室)のベッドの上で,鼻孔カニューラにより酸素を吸入中に吸ったたばこの火種が可燃性の鼻孔カニューラの延長チューブの上に落下したため,高濃度酸素が可燃物の助燃材となり,急激に燃焼したため,炎が拡大して世帯主のパジャマに燃え移るとともに居室(寝室)全体に燃え広がった。

(3) 現場調査の結果

 実況見分時,出火した建物の1階居室(寝室)上部の屋根瓦及び小屋組材の棟木,野地板は大部分焼落しており,居室内部は強い焼きが見られ,収容物はベッド及び電気マッサージ機の鉄製骨組みだけ残存するのみで,他の収容物は大部分焼失している。

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 また,内壁はベッドが置かれていた西側面の焼落が著しく,断熱材が露出し焼きしている。

 他室の焼き状況を見分すると,すべて燃え下っている

(4) 再現実験

 今回の事例では,高濃度酸素が助燃材となって,短時間のうちに火災が拡大したと考察されることから,患者が使用していた同型の医療資機材等を使用して,火災の再現実験を実施した。

 なお,実験の前に火源と考察されるたばこ,ライターを使用した燃焼実験を行った。

ア たばこの燃焼実験ー1

 空気(酸素濃度21%)中でたばこに火を着け,そのまま放置すると10数分後に燃え尽きるが,実験用広口瓶に高濃度酸素を注入し,火の着いたたばこを投入すると,たばこは急激に炎を発し,たばこ自体が燃焼する。
 これは,燃焼の三要素の一つである酸素が燃焼に不可欠であることは勿論空気中の酸素が高濃度になると燃焼物体は異常燃焼を起こすことが立証された。

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イ たばこの燃焼実験ー2

 酸素流出中の鼻孔カニューラに,火の着いたたばこを近付けると,鼻孔カニューラの先端から,7cmの位置で真赤に燃焼を始め,5cmの位置で発炎燃焼を起こした。

ウ ライターの燃焼実験ー1

 鼻孔カニューラに直接有炎火(ライター)を使用して着火すると,石油製品の鼻孔カニューラは有炎燃焼を継続した。

エ ライターの燃焼実験ー2

 酸素流出中の鼻孔カニューラの酸素吹出口先端から,7cmの位置にライターの火を近づけると炎が揺れ始め,さらに近づけ1cmの位置では炎が消える寸前となった。

 次に,ライターの火を鼻孔カニューラに接炎した瞬間,鼻孔カニューラは長さ10cmの炎を勢いよく噴出し,燃焼を始めた。

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 以上のように,高濃度酸素が燃焼物体に与える助燃作用が上記の実験からもわかる。

 次に,再現実験を下記の設定条件で行った。
<実験設定条件>

  • ・酸素吸入器一式
    酸素ボンベ,加湿器,鼻孔カニューラ,延長チューブ(5m)
  • ・酸素流量 6.0・/分
  • ・室内湿度 54%
  • ・室内温度 12℃
  • ・マネキン人形一体

 患者は呼吸器系疾患のため,常時酸素吸入が必要な状態であったことから,実験にあたっては,マネキン人形を使って行った。
 たばこ,ライターでの燃焼実験の結果,ライターでは,直接鼻孔カニューラに接炎しなければ燃焼を始めないことから,口にくわえたたばこに火を着けるときに,鼻孔カニューラに直接火が着かないと考察できることから,再現実験ではたばこからの出火について検討する。

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 また,呼吸器系疾患の患者が喫煙するときに半座位の姿勢が楽であると思慮されることから,実験については,半座位の姿勢で行う。

オ 人形を起こした状態でのたばこの燃焼状況

 鼻孔カニューラに酸素を送りながらたばこの火を顔面の前方から人形の鼻に近づけていくと,鼻孔から5cmの位置では変化はなく,次に2cmの位置に近づけるとたばこは有炎燃焼を始めるが,鼻孔カニューラには着火しない。
 次に,たばこの火を直接鼻孔カニューラに接炎すると,接炎した瞬間に鼻孔カニューラに着火し,20cmの大きさの炎を噴出して燃え上がり,着火して3秒後には,鼻孔カニューラに接触していた寝間着の襟元と人形の顔面に燃え移った。

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3. 燃焼実験結果のまとめ

 実験の結果,たばこの火を鼻孔カニューラに近づけて行くと,2cmの位置でたばこは有炎燃焼を起こすが,カニューラに着火するまでには至らない。

 また,ライターの火もカニューラに近づけて行くと,段々と火は小さくなって行き,消えるような状態になり,カニューラに着火するまでには至らない。

 しかし,カニューラ自体に直接着火すれば,黒い煤を出して燃え,特に酸素を流しているカニューラに着火すれば,酸素が可燃物の助燃材となって炎が大きくなるとともに,激しく燃焼し,急速にボンベ側に逆行して行くという結果を得た。

 更に,カニューラを鼻孔に装着したまま,たばこをカニューラに接炎し,カニューラに着火した瞬間20cmの炎が噴出するとともに,着火した3秒後には寝間着の襟元へ延焼し,その炎は顔面を覆うため,その場(寝室)で倒れて焼死するものと考察されるが,たばこが鼻孔カューラに接炎する可能性は低い。

 なぜなら,病弱な患者が口にたばこをくわえたままの状態で喫煙をすることは考えにくいこと。また,たばこを手に持った状態で喫煙すると,顔面装着の鼻孔カニューラには接炎できない距離になること等があげられるためである。

 これらのことをふまえ総合的に考察すると,患者が寝室のベッドの上で上半身を起こした状態でたばこを吸っていたところ,何らかの原因でたばこの火種に触れたため,その火種が布団の上に束ねていた鼻孔カニューラの延長チューブの上に落下して着火し,激しく燃焼し始め,寝間着に燃え移るとともにベッドや周囲可燃物にも燃え移り延焼拡大したものと推定される。

4. おわりに

 本市においても,高齢者(65歳以上)の占める割合が顕著に進み,近い将来には,市全体の20%を占めると推測されていることなどから,自宅で療養する患者も増加することが考えられる。

 本市ではこれらの火災事例を踏まえて,類似火災の再発防止に向けて各関係機関及び予防広報等を通じて住民に注意喚起を行う必要がある。