〔其ノ貳〕「大鯰後の生酔」の話

〔其ノ貳〕「大鯰後の生酔」の話

この鯰繪は、地震で大暴れした大鯰を魚板の上にひっくり返し、鹿島太神宮が腹を立てゝ「おれの留守中に世界を騒がせ、よくも暴れおったな」と取おさえて地震をおさめたことを意味し、これを中央に大きく画くことによって、上段のわらいの止まらぬ儲連中と、下段の泣くに泣けない大損連中とに区別して、地震の後の庶民達の明暗を画きわけている。
この点で〔其ノ壹〕の「地震出火後日角力」と全く同一の意図を絵にしたもので、その意味は同様のものである。この意味合を更に強調するために、上段の大儲け連中は、笑がとまらないが、鹿島太神宮の前だけに、ぐっと押えてもっともらしい人相に画いている。陽気な顔とまでいかなくてももっともらしい顔に画き、その脇で“おいらん”(女郎)と“夜たか”が客待ち顔に画かれている一方、下段の泣くに泣けない大損連中は、何れも渋い顔に画きたてて上段と下段の人相を対象的にしている。
また、鹿島太神宮を腹立ち上戸と表現しているのと、宝剣で大鯰をひっくり返して、その腹を断ち切ることで“腹立ち”を引っかけた洒落で、江戸の文書、史料、絵画の中で、特に市井に出廻ったこの手の史料を見る時は、洒落を見落しては意味のない、唯の絵になってしまうことだろう。これがこの鯰繪の見所で、この洒落を入れて、人間よりはるかに巨大に大鯰を画いて、これをひっくり返して人々を驚かすことで、この鯰繪を売らんとした意図をみることができる。この絵を見て直ぐに連想することは、鰻屋が商売でする仕草を、大鯰に置替え、見ただけで腹をさかれてしまう情景を構図としたところなど、売らんかなという作者と版元の商魂を見ることができる。
さて、この鯰繪に画かれた「儲連中」と「損連中」のそれぞれの職業を紹介しておこう。さらに、〔其ノ壹〕の見立番附と対比して、鑑賞されると一層と興味を引かれることであろう。

わらひ上戸の方(上段)なき上戸の方(下段)
儲連中 大損連中
酒屋 旅籠
大工 茶店
立喰 貸本
鳶 博徒
釘屋 寄席
荒物屋 雪駄屋
寿司屋 鰻屋
材木屋 鼈甲屋
瓦師 稽古所
左官 咄家
半天屋 講釈師
町飛脚 世話役
瀬戸物屋 俳諧
屋根屋 将棋指し
穴蔵屋 碁打
夜鷹そば 上菓子
ふる手 生花
(古着屋) 象嵌屋
(古道具屋) ぎやまん
土方 (硝子)
鳶 義太夫
請負 金貸
はじけ豆 船宿
軽子(運搬人足) 妾
大福もち 声色
石工 唐物屋
四文屋(一杯屋)
鍛冶屋
干物屋
湯屋