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日本の火山情報

解説 山体写真 位置図 ハザードマップ 噴火実績図 出典
解説-三宅島(みやけじま)-
1.火山の緒元
火山名 三宅島
地 域 伊豆諸島中部
標 高 813m
北 緯 34°04' 43''
東 経 139°31' 46''
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2.三宅島火山の概要
三宅島は東京から南に約200kmの伊豆諸島に位置する火山島で、海面より上では、ほぼ円形に近い直径約8kmの山体を形成しています。以前は、山頂の雄山を中心に外側に直径約4kmの桑木平カルデラ、内側に直径約1.8kmの八丁平カルデラがありましたが、2000年6月からの一連の噴火活動で、雄山を中心に陥没が発生し、直径約1.6kmのカルデラが形成され、八丁平カルデラの輪郭はほぼ失われました。山腹には数多くの側火口も見られます。
三宅島火山は大島火山と同様、激しい火山活動を断続的に繰り返していて、最近では1983年に割れ目噴火による噴火活動で大きな被害がでました。また、2000年6月末には島の西側海岸近くで小規模の海底噴火に続き、山頂火口で噴火と陥没を繰りかえしました。降灰や土石流、山頂火口からの大量の火山ガスの放出による危険により、全島避難が行われ、島民の島への帰還は未だ果たされておりません(2003年4月現在)。

3.三宅島火山の形成史
三宅島火山の活動は、後期更新世になって海中噴火で始まり、火山砕屑物と溶岩流を噴出し、およそ1万年前までには成層火山を形成したと考えられます(主成層火山の形成)。主成層火山の形成後の最近1万年の活動は、1万年から4000年前までの大船渡期(活動の不活発な7000〜4000年前を含む)、4000年前から2500年前までの坪田期、2500年前から15世紀以前までの雄山期(12世紀半ばから300年あまりの休止期を含む)、15世紀以降の新澪期の4つの活動期に区分されています(津久井ほか、2001)。また、三宅島の噴火は古文書などの古記録に残っており、記録されている噴火だけでも14回もあります。

4.最近の火山災害
1983年(昭和58年)の噴火
1983年10月3日〜4日にかけて三宅島の南西麓におよそ4.5kmの割れ目火口群が開き、噴火が始まりました。初めに山頂側の割れ目火口群から溶岩噴泉とそれに伴うスコリアが噴出し、時間を追って活動の中心は相対的に海岸に向かって移動しました。海岸付近では、マグマが水と接触してマグマ水蒸気爆発を起こす激しい噴火となりました。割れ目火口群の東側には火山灰やスコリア、火山弾が降下し、坪田地区では堆積物が数十cmつもりました。割れ目火口群の西側には、数本の溶岩流が流下して、道路を寸断しました。そのうちの一つが海岸部の阿古地区へ流下して、400戸近い民家を押しつぶしたり、焼失させたりしましたが、幸いなことに人的被害はありませんでした。

三宅島2000年噴火 (ここでは、2006年4月までの活動について記述します)
2000年6月26日18時頃から島で地震活動が活発化し、傾斜計の変化が急速になりました。直ちに緊急火山情報が出され、島の西部の住民は頭部へ避難しました。地震域は島の西部へ移動し、さらに島外の西方海上へ移動したので、29日には避難が解除されました。27日午前中には島の西方沖で変色海域が認められ、その後の調査で、この変色海域の下で海底噴火が発生していたことがわかりました。7月4日から再び島内での地震が活発化し、7月8日午後6時40分過ぎに山頂の雄山で噴火が発生しました。翌日、上空からの観察などから、山頂に直径約800m程度の陥没が発生しているのが見られました。7月14日午前4時過ぎ、水蒸気爆発が断続的に発生し15日の昼過ぎまで継続しました。8月10日午前6時半頃、山頂の陥没火口から噴火が起こりました。この噴火の噴煙は高度約6kmに達し、北東側に火山灰の降灰をもたらしました。この噴火は、断続的に午前10時頃まで続きました。
8月18日午後5時過ぎに、それまでで最大の規模の噴火が始まりました。この噴火の噴煙は高度約15kmまで達し、全島に降灰がありました。また、多くの場所で噴石が降り、車のガラスが割れる被害がでましたが、人的な被害は皆無でした。この日の降灰は午後8時頃まで続き、噴煙の中へ航空機がつっこんだためにエンジンや機体に損傷を受けるという事故も発生しました。
8月29日午前4時半頃、噴火が始まりました。この時の噴煙は高度約4km程度までしか上昇せず、北東方向と南西方向に流れました。この噴火は午後5時半頃まで継続しました。8月中旬頃から、刺激臭などの報告が住民から寄せられ、気象庁の観測では9月初めから二酸化硫黄の放出量が増加していることが確認されました。
東京都と三宅村の両教育委員会は8月29日、小中高校の児童・生徒の避難を行うことを決めました。さらに、9月1日に東京都は、全島民を島外に避難させることを決め、9月2日〜4日にかけて全島避難が行われました。
2000年中の活動では、噴火に伴う降灰は9月29日を最後に収まり、10月以降は有色噴煙が観察されなくなりました。2001年以降、各年の火山灰を伴う噴火活動があった日を整理すると以下の様になります。
2001年:3月19日、5月27日、6月3日、6月10日、9月26日〜28日、10月11日、10月16日、11月1日。
2002年:1月23日、2月21日、6月15日、8月1日、9月16日、10月8日、11月24日。
2003年:3月28日。
2004年:11月30日、12月2日、12月8日、12月9日。
2005年:4月12日、5月18日。
2006年:2月17日。
二酸化硫黄の噴出量は2000年〜2001年には8万t〜1万tでしたが、時間とともに減少して2004年秋以降は0.2〜0.5万t程度で推移し、依然として多い状態が続いています。2002年9月2日以降続いていた全島避難指示は2005年2月1日に解除され、2月2日には帰島第一陣が4年5ヶ月ぶりに三宅島に到着しました。

5.噴火様式と噴火災害の特徴
三宅島火山の最近の噴火は、主として山腹部の割れ目火口からの側噴火です。火口からは火山灰やスコリア、火山弾を放出し、風下側に堆積します。また、溶岩流は地形の低い方に向かって流下し、場合によっては海岸線まで達します。溶岩流のスピードはそれほど速くないので、人間が避難するには問題はありませんが、家屋や構造物、道路は大きな被害を受ける可能性があります。海岸付近に火口ができた場合には、地下水や海水と高温のマグマが接触して、マグマ水蒸気爆発という激しい噴火を起こし、非常に危険です。

6.噴火実績図
1983年三宅島噴火の降下火砕物の等層厚線図

7.ハザードマップ
三宅島火山防災マップ

8.観測施設および付近の気象官署
観測機関
・防災科学技術研究所
・海上保安庁水路部
・地質調査所
・東京大学
・東京工業大学
・気象研究所

付近の気象官署
・三宅島測候所




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