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宮澤清治の防災歳時記


ー キジも鳴かずば撃たれまい ー

NHK放送用語委員会専門委員
元気象庁天気相談所長
宮 澤 清 治

せき止め湖が決壊した

 弘化4(1847)年3月24日午後10時ごろ、現在の長野市付近で起きた善光寺地震(推定M=7.4)は、全壊家屋3万4,000戸、死者1万2,000人などをだした。善光寺の御開帳の年にあたり、全国から参詣者が集まっていたため、火災により多数の死者を出した。また、4万か所を超える山崩れが発生し、中でも虚空蔵山(長野市信更町)の崩壊は、長野市西方を流れる犀川をせき止め、水は信州新町をはじめ20か所の町村にあふれた。
 この自然のダムは、20日後の4月13日に決壊し、水は善光寺平に押し出し、死者2,770人余をだした。地震→山崩れ→河道閉塞→洪水という災害の推移は、山地地震災害の大きな教訓となった(長野県百科事典:信濃毎日新聞社、1981)。

写真1 善光寺御開帳(2009年5月)

キジも鳴かずば

 犀川の久米路橋(長野市信州新町)に次のような昔話が伝わっている。
 橋のほとりに住んでいたお菊の村は、しばしば橋が流され、土手は崩れ、田畑は冠水した。村人の暮らしは貧しく、年貢を納めずに夜逃げする人も多かった。
 お菊が9歳のとき、もうじき正月というのに大病になってしまった。熱にうなされたお菊は、か細い声で「赤まんま(赤飯)、赤まんま…」とねだった。じっと我慢していた父親は、夢中で名主の倉に走った。
 早春のある日、役人たちが小豆泥棒を捕えるため、村にやって来た。元気になったお菊は、まりを持ち出し、トントン突きはじめた。♪トントンおらちじゃ 赤まんま食ったぞ!トントン
 この歌声が役人の耳に入り、盗人はこの家のもんだと、お菊の父親は縄を打たれてしまった。
 ちょうどこのころ、大雨が降り続き、久米路橋は架けても架けても流されてしまった。村人たち集まって、こう提言した。
 「こんなに大雨が降るたびに橋が流されるのは、村のうちに不心得な者がいるせいだ。水神様の怒りだから、怒りを鎮めるために橋の下に人柱ひとばしらを立てる必要がある。」
 とうとうお菊の父親は、橋のたもとに生きたまま埋められてしまった。
 お菊はそれから夜ごとに泣き続け、泣き声は村人の心をかきむしった。こうして幾日かたったある日、お菊はぷっつり泣くのを止め、ひと声も出さなくなった。
 何年かたち、お菊は美しい娘になった。秋の夕暮れ、お菊は久米路橋のたもとにじっと座っていたとき、ひと声キジが鳴き、すかさず鉄砲の音がした。撃たれたキジがお菊の頭上にバサバサと落ちてきた。お菊がキジを抱いたところ、閉じられていた唇を開いて、
 「かわいそうに…。お前も甲高い声で鳴いたりしなければ、撃たれることもなかったのに。わたしもひとこと言ったばかりに父を殺してしまった」とキジを優しくなでた。
 猟師が駆け寄り、「お菊、われ口がきけただか!」と叫んだが、お菊は振り返りもしないで、林の中に消えていった。その日からお菊の姿は村から消え、だれ一人見た者はいなかった(「昔あるところに」:長野地区ふるさと信州デザイン事業実行委員会、2001。)。
 現在、久米路橋の近くの奈津女公園に、伝説にちなんで「雉子も鳴かずば」の像がある。悲しく、むごたらしい昔話だが、流れる犀川を見ると感傷が湧いてくる。

☆    ☆

 「キジも鳴かずは撃たれまい」の言葉の意味は、無用のことを言わなければ、禍いを招かないですむことのたとえとある(広辞苑第6版)。「口は災いのもと」という意識から拙速な発言は避けたいということでもあろう。調子に乗った失言が大臣を失脚させてしまったという話はよく聞く。
 全国にはこれと似た人柱伝説が数多い。人柱とは、\痢⊂襦Χ供δ號匹覆匹虜て颪聞事にあたって、神の心を和げるためにいけにえとして、生きた人を水底または地中に埋めること、またはその埋められた人。△△襪海箸里燭甬樟靴箸覆辰道爐鵑誠佑鬚い(日本国語大辞典、小学館発行2001)。
 「人柱が立たないと梅雨が明けない」とは、大雨・台風銀座の鹿児島地方でよく言われるそうだ。梅雨のたびに犠牲者を出すのはもう止めようではないか。防災対策をさらに前進させて、このような悲しいことばは死語としたい。

写真2 久米路峡と久米路橋