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宮澤清治の防災歳時記


ー 「ねこまくり」に襲われた ー

NHK放送用語委員会専門委員
元気象庁天気相談所長
宮澤 清治

増水事故の悲劇が繰り返される

写真1 山にかかる積雲(長野県千曲市)
 近年は、急に増水した川にのみ込まれる事故が相次ぐ。
 2006年8月17日午前11時ごろ、神奈川県西部を流れる酒匂さかわ川が増水し、多数の釣り人やキャンプ客らが流されたり、中洲に取り残されたりした。流された23人は助かったが、2人が死亡した。上流の山北町から下流の小田原市に至る流域6か所で事故が起きた。
 この日は、台風10号が宮崎市のすぐ南東の沖合にあって、中心から600勸幣紊睥イ譴浸核鳴付近に台風の雨雲がかかり、1時間に50ミリ前後の激しい雨が降った。山北町と県境を挟んだ静岡県小山町のJRの駅では1時間35个留が降り、列車の運転を見合わせるほどだった。
 小田原市の中洲でのアユ釣りの人は、午後0時半ごろ、腰あたりの水位が数分で胸元を過ぎ、首近くまで上がってきたと語った。
 山北町の玄倉くろくら川では、7年前の99年8月14日、上流の大雨で急に増水し、キャンプ客18人が流されて子供を含む13人が死亡したことがあった。上流付近を通過した「弱い熱帯低気圧」が約300ミリの大雨を降らせたのだ。この事故を教訓として、台風の形容詞に「弱い」「小型」という表現は用いないことになった。
 酒匂川の事故のあとも、同じ悲劇が繰り返された。5日後の06年8月22日午後2時半ごろ、山形県村山市の富並とみなみ川で遊んでいた小2年と小1年の男女2児童が、急な増水で流され、下流で見つかったがともに死亡した。
 県河川砂防課によると、現場の約1匸緡では午後2時10分からの10分間で、水位計の数値が72僂眈紊った。上流の西川町では、雷雲が発達して午後1時までの1時間に21个龍秒賄な強雨が降った。近所の人は「普段は水深20〜30僂硫困笋な流れなのに、こんなにすごい流れは見たことはない。」と話す。

「ねこまくり」が襲った

写真2 蘭川の大転石(長野県南木曽町)
 群馬県北部の利根郡は、昔から川の増水による災害が多い。同郡の水上町には「雨によって川の水位が急に上がることがありますので注意して下さい」という看板が立っているほどだ。上毛(いまの群馬)はいかずちの国である。こんなことがあった。
 2000年8月6日午後3時20分ごろ、水上町を流れる湯檜曽ゆびそ川で、夏季合宿にきていた少年サッカー団の一行が河原を歩いていたところ、背後から急に増水した流れに襲われた。ひざ下ほどの緩やかな川の水位が約70僂眈紊り、流れは川幅いっぱいに広がった。子供の背丈ほどの鉄砲水に5人が押し流され1人が死亡、付き添いの父母ら6人も腰や手足にけがをした。
 この日は、大気の状態が不安定で、谷川岳一帯に雷雲が発達した。このため、午後1時から4時までに局地的に約50个龍雨が降り、川が急に増水した。
 群馬県利根郡では、上流の豪雨で急激に増水した川水が、いちどに押し寄せてくることを「ねこまくり」と言う(日本方言大辞典、小学館、1989)。地元の人は「ねこまくりは、ときには大人の背を超すほどの大規模なものがあり、河川敷にある工事用の重機群を押し流す力がある。ねこまくりには前兆がある。なま暖かい風が吹き、ミミズをいじったような泥くさいにおいがしたら水が来る。」という。
 土石流の前兆の一つに「松やにやゴムの焼けるようなにおいがしたら気を付ける」とあるのを思い出した。
 なぜ、ねこまくりと言うのか。壁のように押し寄せる水の波頭が、猫の前脚が曲がる様子に似ているからという説がある。
 いくつかの辞典を調べてみた。ね(根)、こ(処)の意で、根処ねこは河岸を固めたり、山の根際を開発した土地とある(「岩手の地名百科」、岩手日報社、1977)。
 まくりは、降雨で谷の水があふれて土砂など押し流すこと。まくるはがす、落とすの意とある(長野の方言)。
 諸説はあるが、「ねこまくり」は、土砂を押し流す鉄砲水のことで、ねこは猫では無いような気がする。
 近年は、アウトドアブームで川遊びなどのレジャーが盛んである。加えて昔よりも短時間の猛烈な雨が降りやすくなっている。川で遊ぶ人は自らの責任で、危険を予測し、回避しなければならない。とはいえ、上流の大雨をすばやく把握し、川が持つ危険情報を早く知らせる環境も整えたい。