防災展示場
消防防災GIS
災害写真データベース

宮澤清治の防災歳時記

雪の重みで屋根が落ちた

NHK放送用語委員会専門委員
元気象庁天気相談所長
宮澤 清治

初春の晴れ着、血で染まる

写真1 映画館「十日町松竹」(旧旬街座)
  新潟県中越地震の被災地である十日町市で昔、こんな悲しい事故があった。
  1938年(昭和13)年1月1日、十日町市五之町の映画館「旬街座」で、観客700人が入場、満員差し止めをして正月映画を上映していた。
  十日町市は織物の里、きものの里である。正月のこととて織物工場の女工や芸妓らで館内はすし詰めであった。
  午後7時30分ごろ、映画館の中央部の屋根約37坪(122)が積雪約2mの重さに耐えかねて大音響とともに落下した。突然のことで、たちまち大混乱に陥り、先を争って、はい出そうとしたが約200人は屋根や雪に押しつぶされた。
  初春の美装は、またたく間に死の装束と変わった。中には頭がい骨をくだいたり、手足を切断したり、腸を露出したり、鮮血で白雪を染めた光景は悲惨の限りであった。
 歓楽の館は、酸鼻の地獄と化した。電灯線が切れて真っ暗となったので発掘作業がはかどらなかった。近隣の消防組員・青年団員らを動員して救助にかかり、約1時間後に作業は終わったが、残念ながら死者69人、重傷27人、軽傷65人を出すに至った。

なぜ映画館の屋根が落ちたのか

  十日町地方は、前年の12月3日から雪の降る日が多かった。31日の大みそかは雪が降ったが、元日は季節風が止み、日本海に低気圧が現れた。同地方は小高気圧に覆われて珍しく、穏やかな正月晴れとなった。積雪は約2m。
  一般民家では12月中に2回も雪下ろしをしているのに、映画館では年末の30日からやっと雪下ろしに着手した。周囲を下ろしただけで、屋根の中央部に雪が残り建物に荷重がかかっていた。そこにすし詰めの観客の重さが加わって、2階の梁の組合せが緩んで屋根が落ちたものらしい。
  近年にない豪雪、穏やかな正月びより、満員の観客、老朽化した建物などが、大惨事の原因だった。

雪の重みで家がつぶれる

  雪が多量に積もると、戸障子やふすまの開閉が鈍くなる。豪雪ともなると、体育館、倉庫、古い家屋などの倒壊が相次ぐ。
  外国でも昨年こんな惨事があった。2004年2月14日午後7時半ごろ(現地時間)、ロシア・モスクワ南西部の複合娯楽施設で、大型屋内プールの屋根が崩落し、少なくとも25人が死亡、113人が負傷した。積雪の重みに屋根の構造が耐えられなかったのが原因とみられ、屋根の上に数十僂寮兩磴あったという(日本損害保険協会:予防時報218号、2004)。
  旬街座の場合、屋根上の積雪の深さが2.1m、積雪層の平均密度が1当たり0.3g(実測)だから、雪の荷重は1崚たり約600圈2虻の面積が122屬世ら、屋根全体の荷重は73t。体重274圓両錦級の相撲取りが約270人も屋根の上に乗ったときの重さに相当する。
  新潟県中越地方の雪は水分を多く含み、新雪でも1m積もると1崚たり300圓硫拿鼎砲覆襦C録未糧鏈卉呂了蓋纏崑爾任藁稠、ひと冬に3、4回は屋根の雪を下ろす。筆者は昭和38年1月豪雪の際、新潟市で正月休みに2回も雪下ろしをし、へとへとに疲れた経験がある。
  被災地の仮設住宅は、断熱材を厚くしたり、骨組みを太くしたりの「雪国仕様」だという。つまり、住宅の壁に埋め込む断熱材は通常の厚さの2倍の厚さの約10僉2虻に約2mの雪が積もり、1崚たり約600圓硫拿鼎砲覆辰討眤僂┐蕕譴襪茲Δ肪譴覆匹旅組みを強固なものにしてあると聞く。

写真2 深雪観音旬街堂
  先年、惨事のあった旬街座を訪れた。今は「十日町娯楽会館・松竹劇場」と改名されている。同劇場の隣りに、犠牲者を供養する「深雪観音旬街堂」があり、今でも毎月1日に法要が続けられている。こんどの地震で建物に被害があっただろうか。
  観音堂の内部に次の俳句が奉納してある。
  「雪じごく父祖の地なれば住みつけり」
  「観音のまぶたより降る雪浄し」

  雪地獄を恐れる一方で、雪を浄しと思い、そこに犠牲者の涙をみて霊を慰めるのが、雪国の人の心なのだ。
  地震で損壊した家屋の雪下ろしは危険と隣り合わせだ。十分気を付けて作業をして、本格復旧の春を待ちたい。