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防災講演録

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防災講演録(3)
救急業務の高度化と今後の課題


朝日  信夫
(財)救急振興財団 副理事長


ご紹介を賜りました朝日でございます。防災安全中央研修会の他の先生方のテーマを拝見しておりますと,私のこれから申し上げるテーマ並びに内容というのはいささかそぐわない点があろうかと思いますけれども,ご依頼がありましたのでせっかくの機会と思いましてお話をさせていただきたいと思います。
  話の内容ですが,大きくは2つです。1つは,救急救命士制度を軸としたこの10年間の救急業務の高度化が今どういう到達点に来ているのかといったようなお話,もう1つはプレホスピタル・ケア,病院前=病院に到着する前の段階における救護体制の充実を考えた場合に,さらなる救急業務の高度化を図りより救命率を高めていくために取り組むべき課題は何だろうかといったこと,この2点を大きくお話しできればと思っています。

1 救急業務の高度化への取り組み

<救急救命士制度の創設>

  救急救命士制度につきましては,皆様ご承知のとおり平成3年に制度が設けられて,今年でちょうど10年という年を迎えたわけです。救急救命士制度の概要として救急救命士法以下の若干の整理をテキストにまとめておきました。キーワード的に申しますと,1つはこれは厚生労働大臣の国家免許であるということ,それから医師の指示の下に処置を行うということ,病院や診療所に搬送されるまでの間の救急救命処置を行うということです。救急救命士が行う処置のうちでも,とりわけ特定行為といわれるもの,あるいは3点セットと言ったほうがわかりやすい方もおられるかもしれませんが,この特定行為につきましてはその都度医師の具体的な指示を受けなければできないということが定められています。しからばその特定行為は何かということですが,3つありまして,1つは半自動式除細動器による除細動,いわゆる電気ショックです。心臓の不整脈が生じた場合,その不整脈が著しく危険なもので,放置しておくと死に至るといった不整脈があるのですが,その場合に電気ショックをかけて正常なものに戻していく除細動の実施です。2つ目に,乳酸加リンゲルを用いた静脈路確保のための輸液です。3つ目が,ラリンゲアルマスクなどの器具による気道確保,空気の通り道の確保です。この3点が特定行為ということでありまして,救急救命士はそうした特定行為については医師の具体的な指示を受けながら,なおかつ高規格救急車と言っていますが,それにふさわしい救急車の中で行うという仕組みになっております。
  そうした仕組みで救急救命士制度が平成3年にスタートをしたわけです。この10年間を振り返ってみると,救急業務の高度化ということで各消防機関の皆様を初めとして全国的に取り組んでいただいた際の柱というものが2つあったわけです。1つは,今申し上げたような救急救命士制度を普及して運用していくということ,もう1つはいわゆる拡大9項目と言っていますが,ちょうど平成3年の救急救命士制度発足と併せて,一般の救急隊員の方でも一定の教育訓練を追加的に受けていただくことによって,従前以上の応急手当ができるようになりました。その新しくできるようになったものが9項目あった関係で「拡大9項目」と言っていますが,この拡大9項目を全国的に徹底していく,その前提として新しい教育訓練として救急隊員の方に救急・課程,あるいは標準課程を受けていただく。この2つを主な柱としてこの10年間救急業務の高度化というものが進められてきたのだと振り返っています。
  少し余談になりますが,この救急救命士制度は法案そのものとしては平成3年に成立を見たのでありまして,国会に提出されたあとは極めてスムーズで,そして全会派一致の下に成立を見たわけですが,それ以前の段階,この制度をどういう形で構築するかという段階においては関係者は非常に大変な調整努力というものを重ねていて,その上での産物であったわけです。この救急救命士制度がなぜ生まれたのかということは,やはり確認していく必要があります。1つには,日本の場合当時言われたのは,どうも重篤な傷病者の救命率が外国に比べて低いのではないかということが盛んに指摘されたわけです。それから,人口の高齢化が進んでくるのに伴って病気の構造というものも変わってくる,特に循環器系等の疾患に対する対応はどうなのだろうかといったことも盛んに論議されました。
  それに対して,では諸外国では病院到着前の段階,プレホスピタル・ケアの対策はいったいどうなっているのだろうかということで調査が続けられまして,ご承知のようにアメリカの場合にはパラメディック制度があります。これは救急隊員が医療行為に相当踏み込んで処置をしているということです。また,ヨーロッパの場合にはフランスやドイツを中心として,ドクターが直接現場まで駆けつけるドクターカー制度が普及しています。こういうものが何とか日本でできないかということで議論されました。
  この制度創設には,やはり消防の現場からの熱い声というものが大変大きな力となりましたし,それに加えてマスコミ界あるいは国会での論議も盛んに交わされたという経緯があります。それを受けて,中央省庁においては特に厚生省と自治省消防庁間で調整が入念に行われました。その際に厚生省のほうで言っていたのは,ドクターカー制度を基にしてそれを徐々に広めていこうという発想です。それに対して消防サイドのほうでは,それはとても現実的な話ではない,現場に駆けつけるような救急医の先生などいないという話で,日本の場合には現実に消防機関が救急業務を広範に担っているのだから,救急隊員のレベルを上げることで対応できるのではないかということで,いわばパラメディックの制度というものに範を取っていこうではないかという議論がされました。最終的には,基本的にはパラメディック制度に範を取った形で,しかし免許制度についてはあくまでも医師や看護婦と同じような厚生省所管の国家免許という形で制度が形作られたわけであります。この経過をお話しするだけでも1時間もかかるような話ですが,それは今日の主題ではありません。
  この制度を形作る過程の中におきましても,難航した背景の1つには,医療界を中心として一般的に,救急隊員が医療行為に踏み込むことについての抵抗感といったようなものがあったことは事実であります。それからまた,救急隊の任務というのはとにかく迅速に医療機関へ運ぶことだ,それに尽きるのだといったような認識があったことも事実でありまして,こうしたことを一面の背景としながら制度が作られたわけです。


<「拡大9項目」の実施>

  もう1つの柱でありました拡大9項目の実施ですが,このためには当然前提として各都道府県の消防学校で救急・課程(115時間)という新しい課程,あるいは従前の135時間の教育訓練に加えてこの・課程を合わせた250時間という救急標準課程を設けて,これを多くの救急隊員に普及していくということが必要だったわけです。
  この拡大9項目を徹底していくという方針がどういう意味を持っていたかということですが,2つあったわけでして,1つは救急救命士となるためには,消防の救急隊員の場合には必ずこの135時間に115時間を加えた標準課程250時間分の教育訓練を受けている,そこにさらに実務時間等が加味されて,その上で救急救命士となるための約半年間の教育訓練があって,国家試験の受験資格が得られるということですから,当然この意味の1つは救急救命士となるためのいわばベースキャンプ作りということがあった訳です。もう1つの意味は,同時にこの拡大9項目自体が全国の救急隊員の方の基本となっていくことによって,救急業務全体のいわば質的な底上げにつながっていくということでして,今振り返ってみてもやはり1990年以前の救急業務における質的な水準に比べて全国的な救急隊員の方々の質的なレベルの底上げは相当なされてきたことは間違いないと思っています。


<1990年代の課題>
  90年代につきましては,主に3つほどのことが課題として取り組まれてきました。即ち,救急救命士の養成拡充や・課程・標準課程の定着化,高規格救急車などの高度資器材の整備の促進,医療機関との連携づくり,の3つです。このうち,とにかく救急救命士の養成を急がなければいけないということ,・課程や標準課程を全国的に定着化していこうということ,その場合救急救命士をどういうオーダーで養成するのかということでしたが,一貫して全国全ての救急隊において常時少なくとも1名は救急救命士が乗車している状態を作り上げようではないかということでした。
  そうなると,今であれば救急隊の数は4,500を上回っていますが,交替等も入れると1万数千名オーダーの救命士を養成しなければいけません。それを,さすがに当時も何年後とまでは約束できませんし,今でもそうですが,これをできるだけ早くということで取り組まれてきました。また,救急救命士の人たちが活動するための新しい高規格救急車や,それに必要な高度な資器財等の配備を進めようということがあります。それから,救急救命士の人たちが活動するためには,医師の指示,特に特定行為については具体的なその都度の指示がいるという仕組みになっています。この問題点等についてはのちほど少しでも触れたいと思いますが,そのような状況の下で少なくとも指示が受けられるような医療機関をとりあえず確保しなければ活用されないという事態でしたから,そのへんの医療機関の確保については特に各消防本部の幹部の方々を中心として,これはいわば今までにない新しい仕事でしたから,大変な汗を流され苦労された分野でしたが,そういうことが行われてきました。それが10年間であります。
  その結果,現在の救急隊員の資格から見た場合の状況が次のページにまとめてあります。これは救急隊員の人たちの資格別にそれぞれどういう処置ができるかということを一覧の形にしたものです。人数は平成12年4月1日現在の数字です。15万人余の消防職員の中で救急隊員として現に救急業務に従事されている方々は合計で5万6,000人,そしてとにかく救急隊員としての資格だけ持っている方は9万7,000人ということです。その中でまず,都道府県の消防学校で救急・課程,昔の135時間の課程を受けられると,それに伴って以下のような処置,即ち大体ベーシックな応急手当,CPRの関係が主になっています。それに対して,新しく平成3年以降救急・課程115時間を新たに修了しますと,拡大9項目ということで新しい処置ができます。最近では・課程,・課程というのはなくて,いきなり合わせた250時間の標準課程ということが普及してきています。その結果,標準課程の資格をすでに取っている方が9,500名あまり,それから・課程を終えた方が2万8,000名弱で,合わせると5万6,000名のうち3万7,000名余の方が・課程又は標準課程を終えているという資格状況です。
  それとは別に,救急救命士の資格を持って現に活動されている方,業務に従事されている方が,ここでは8,500名,最近のデータではもっと増えています。資格だけ持っている方でいくと9,000名になっていますが,直近ではすでに1万名を超えているという状況です。
  先ほど申し上げましたように,救命士となるためにはこの標準課程までをクリアーして実務経験5年または2,000時間を経験し,その上で約半年,835時間というのは最近変わって,時間数ではなくて,教育訓練の規制緩和みたいなものですが大綱化ということで単位数で最近は示されます。ただ,約半年ということにおいては変わりありません。この半年間の救命士養成課程を受けまして,そして国家試験に合格すると,そこで先ほど申し上げた救急救命士として3つの特定行為ができるという仕組みになっています。このへんはすでに先刻ご承知のとおりです。そのあと,実際に救命士の方が活動を開始するまでには,国家試験に受かった上で就業前教育というものを受けるという形になっています。特に,病院実習といったものを160時間以上受けていただくということで,これも相当の消防本部でこの形で実現されているようですが,それを受けていただいて,そして救急車あるいは資器財についての環境が整って,もちろん医師の指示体制も確保されるということで運用開始となるという流れになっています。
  ここで,振り返って申し上げたいことが1〜2点ございます。1つは,我が国のプレホスピタル・ケアの充実方策というのは,先ほど救命士制度の創設の時に若干申し上げましたが,様々な議論の上にアメリカのパラメディックの制度に範を取って,いわばその道を選択したという形になっています。おそらくその選択は基本的に間違っていなかったのだと思っていまして,これからの充実策につきましてもこのパラメディック制度の大枠を保ちながら,その中でその充実を不断に行っていくということが大切だということです。ドクターカーの普及を目ざすべきといった意見もいろいろありますが,やはり日本のプレホスピタル・ケアのこれからのあり方については,今申し上げたようなパラメディック制度に範を取った制度の大枠というものをにらみながら考えていくということが最も現実的であり,また意味のあることだと考えています。
  同時に,救命士の活動を,将来的には処置範囲も含めてさらに充実を図っていかなければいけないと思っていますが,変わることに伴って,救命士の資格を持っていない一般の救急隊員の人たちの処置範囲を含めた内容の充実も図られてくるといった形で全体の押し上げを図っていく必要があるということも,これからの忘れてはならないことだろうと思っています。
  もう1点,これは誤解とは敢えて申しませんが,救急救命士というのはともすると3つの特定行為を行うのみだという理解があるわけです。これは,法的には救命士の資格がなければこの特定行為ができないという意味では正しいのですが,実際はおそらく今日も会場に救命士の方も多数おられると思いますが,そうではないのでありまして,救命士の人たちはこの資格を取るための一連の教育訓練課程において様々な,幅広い医学的見地からの教育訓練を受けておられます。そうしたことが,救急現場という時間的にも,場所的にも,人的にも非常に限られた場所の中で,その現場においてこの患者,傷病者の重症の具合がどうなのだろうかとか,どういう手当をとりあえずすべきかということも含めた,いわば傷病者の観察,判断能力といった点の全体としての質的なレベルアップにつながっているのでありまして,救命士の人たちというのは単に3点セットができるというのではなくて,その意味ではやはり現場における大変な力,可能性を持った人たちだということを十分認識していく必要があるのだと思っています。

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