防災展示場
消防防災GIS
災害写真データベース

防災講演録

防災講演録

防災講演録(1)

IT社会と防災の情報化

廣井 脩 (東京大学社会情報研究所所長 東大教授)

  ただいまご紹介いただきました東京大学の廣井です。今日はITと防災というテーマで,ITを防災情報にどう活用していくかということについて,お話をしていきたいと思います。

<社会的に注目される出発点は阪神・淡路大震災>

  ITは情報技術ですが,こういう情報技術を防災のために使うのは何も最近のことではありません。私は,昭和50年代のはじめから災害情報や災害時の人間行動の調査研究を続けていますが,例えば昭和53年に今までの行政無線が防災行政無線に免許が変わりました。防災行政無線ですから,防災のために主な役割を果たす無線になったわけで,そうなると非常用電源やバッテリーを準備しなければいけない,そんなプロセスも見てきました。それから,昭和59年に長野県西部地震がありましたが,この時初めて,NTT(当時は電電公社と言いましたが)が,通信衛星を使って災害情報を伝えました。そのように情報技術は今までにも防災対策に少しずつ使われて,その領域は少しずつ増えてきたわけです。しかし,ITが社会的に大きく注目されるようになったのは,やはり阪神・淡路大震災がきっかけだと思います。したがって,阪神・淡路大震災以降のITの防災への応用について,これからお話していきたいと思います。

  いま,阪神・淡路大震災がIT防災のスタートと言いました。阪神・淡路大震災の時にはいろいろな問題がありましたが,その1つとして情報通信の問題が注目されました。後でお話しますが,阪神・淡路大震災の時には携帯電話が固定電話よりもよく通じたということから,震災をきっかけとして携帯電話の普及が急速に進みました。震災当時の携帯電話の台数はすべての携帯電話会社を合わせて約500万台でしたが,阪神・淡路大震災以降月々およそ100万台ずつ増えていきました。現在の伸びは少し止まっていますが,6千万台を超えており,固定電話より増えているのが実情です。
  それから,パソコン通信やインターネットが阪神・淡路大震災をきっかけに注目されるようになりました。パソコン通信による被災地からの発信,つまり被災地の被害情報をパソコン通信を通じて通信仲間に克明に伝える。そうして,マスコミよりもきめ細かい情報が伝えられることが注目されました。しかし,私どもが後で調べてみますと,このパソコン通信によって伝えられた情報には,自分の目で見たり自分の耳で聞いたりした生の情報はほとんどありませんでした。どこどこで何々が焼けたそうだ,どこどこの建物が壊れたそうだ,というような伝聞情報が圧倒的に多かったのです。もちろんこういう市民のコミュニケーションネットワークできめ細かい情報が流されるのはいいことですが,しかしまかり間違うと不確かな情報が瞬く間に広がっていくという,光の面と影の面の両方を持っていると感じたことがあります。
  それからインターネットですが,力武常次先生という地震学の先生の息子さんがインターネットの専門家で,彼が神戸の状況をいち早く世界中にインターネットを通じて発信しました。そんなことで,インターネット元年と言われました。しかし,当時のインターネットの利用者はせいぜい200万人です。先日,最新の資料をインターネットで調べたら平成13年8月末現在のインターネット利用者は,電話回線を利用している人が1865万人,CATV網を利用している人が約100万人,携帯電話の端末を利用している人は4216万人と大変な数です。このように,インターネット事情も当時の平成7年から平成13年と,それほど年はたっていないけれど急速に変わってきた。こういう技術をこれからいろいろな面で活用できるのではないかということです。

<初動態勢と被害予測システム>

  阪神・淡路大震災では,都市防災のあり方がいろいろな面で問われました。しかし災害のソフトということを考えると,一番大きな問題点は初動態勢が遅れたことだったと思います。詳しい話はしませんが,神戸市消防局が市内の出火件数を把握して,これは自分の力ではとても手に負えないと判断して,消防庁長官を通じて全国の消防に応援要請したのは地震の4時間後でした。それから,兵庫県警が正式に災害対策本部を立ち上げたのも,地震の4時間後でした。兵庫県知事が自衛隊の出動を要請したのは午前10時で,地震が起きたのは1月17日の午前5時46分ですから,4時間以上過ぎていました。これをマスコミは空白の4時間と呼んでいますが,そういう事実を考えるとやはり初動態勢が遅かったと言われても仕方がありません。
  どうしてそうなったのか,いろいろな理由がありますが,消防や警察など,防災対策を行う防災機関そのものが大きな被害を受けてしまって,立ち上がりが遅れたということがあったと思います。もう1つは,被害情報の把握が当時なかなかできなかったという問題が大きかった。つまり自衛隊の出動を要請するときも,他の消防機関の応援を要請するときも,自分の地域の被害がどれくらいかということを,大まかにでもわかっていない限り要請はできない。ところが,地震が明け方暗い時間に起こったこともあって,被害情報がなかなか掴めませんでした。
  実はこれは大変大きな問題を含んでいて,皆さん方は地方公共団体の方が多いと思いますが,地域防災計画をもっています。そこには,災害情報の収集や伝達という項目が必ずある。それを見ると,災害情報の収集の戦略があって,何か災害が起こると,職員が現場に赴いて被害情報を調べるわけです。どこの橋が壊れているとか,どこのビルが倒れているとか,そういう個々の被害情報を調べて,それを村や町や市の災害対策本部に連絡する。災害対策本部には,市町村の地図があって被害情報を書き込んでいく。そして,その点の被害情報がだんだん集約されると,街全体の被害の有様が立体的に浮かび上がってくるというのが,通常の被害情報の収集戦略です。
  ところが,阪神・淡路大震災クラスの巨大な災害になると,被害現場に職員が実際に出向いたり,あるいは警察やライフラインに電話で被害情報を聞いたりして,被害情報を集めることはむずかしい。職員の数も少ない,交通も途絶している,電話も通じない。つまり通常の被害情報の収集戦略が問われたわけです。ああいうウルトラ級の災害の時は被害をコツコツ集めるのは時間がかかる,という後から考えれば当たり前のことがわかった。そこで,被害を予測する方向が大事ではないかということが教訓として浮かび上がってきました。
  そのため,震災後に情報の面では,まず被害予測システムが急速に発達しました。もちろん,阪神・淡路大震災の前にも被害予測システムはありましたが,それがいっそう発達したわけです。この被害予測システムは,基本的にはまず自分の市町村の地理的・社会的な条件,つまり軟弱地盤とか木造家屋の密集地域,高齢者がたくさん住んでいる地域などという地質的・社会的な情報をデータベースに入れておきます。そして,揺れの程度を記録する計測震度計や強震計などの計器をきめ細かく配置しておく。そして,いったん地震が起こったら揺れの記録が1カ所にすぐに集まるようにしておく。そして,揺れの記録をいろいろな条件を入れたデータベースにかけあわせて被害を予測する,というわけです。
  前にも触れたように,こういう仕組みは阪神・淡路大震災の前からありました。一番早かったのは川崎市です。それから,震災の直前に東京消防庁も作りました。これは火災の被害予測です。しかし,それはポツポツとあったに過ぎない。阪神・淡路大震災の後は,被害を予測する大切さが実感されたということで,被害予測システムの開発が急速かつ大規模に進みました。
  一番大きくて有名なのは内閣府(旧・国土庁)の地震被害早期評価システムで,難しい名前ですがEESと言います。それから,総務省消防庁(旧・自治省消防庁)の簡易型被害想定システム,これはCD-ROMです。お持ちの方もいらっしゃると思いますが,1万円程度で購入できる大変簡単な被害予測システムです。それから兵庫県のフェニックス防災システム,横浜の高密度強震計ネットワークなど,それぞれ名前は違いますがだいたい似たような機能で,データベースと計測震度計をあらかじめ用意しておいて,地震が起きた時にそれを使って被害を予測する仕組みです。
  内閣府のものは,気象庁からオンラインで地震情報が来ます。そして,震度4以上の地震の場合に,このEESという仕組みを使って被害を推定します。たとえば,震度分布推定,建物被害の推定,人的被害の推定などを行い,結果を表示して関係機関に伝える。だいたい30分で推定結果が出る仕組みになっています。これは,今までの地震で何度も使われています。この内閣府の被害予測システムの基礎データは,阪神・淡路大震災の時のデータです。そういうこともあってか被害の数値が大きく出てしまう傾向があるのが若干の問題点です。
  例えば,昨年10月に鳥取県西部地震がありましたが,EESシステムは死者200人と打ち出してしまいました。しかし,結果的には死者はゼロでした。また,倒壊家屋7千棟と打ち出してしまいました。けれども,実際は360くらいでした。被害が実際の地震より若干大きく出るのは,防災対策にとっては悪いことではない。それだけしっかり対策がとれる。ところが,あまりにも落差がありすぎるということです。今年3月の芸予地震でも,死者は百数十人と出てしまいました。このシステムには気象庁の情報がどんどん入ってくるので,その度に推計値が変わっていきます。鳥取県西部地震の時は最大値が280人くらいと出てしまった,と聞いています。
  被害の予測は大変大事です。阪神・淡路大震災のように,大災害になればなるほど被害情報は集まらない。一方,大災害になればなるほど迅速な初動態勢が必要です。自衛隊も出動する必要がある。いろいろな機関が応援態勢を組む必要がある。国も本腰を入れて対応する必要がある。しかし,そういうときに大事な被害予測システムはあまりにも落差がありすぎるということで,当時の国土庁が委員会を作りました。つまり,もう少し実際の被害と予測システムの推計値を近づけるにはどうしたらいいかということです。基本的には震度6強と出た時の被害予測が大きすぎたので,震度と被害の関係を考え直すという方向で協議中です。地震学者と地震工学者が中心になって対策を考えていますが,どういうわけか,私も委員に入れと言われました。私は地震学者でも地震工学者でもないので,入っても何もできませんよと言いましたが,関係機関への配信をどうすればいいか考えてくれということでした。内閣府の被害予測は,現在は一般国民に知らされません。けれども,マスコミがこのシステムのある部屋に入って,どれどれと見ることは,いまでも行われています。また,関係する都道府県がくれと言えばくれます。そういう意味では秘密ではないわけです。しかし,先ほどのように,まだ大変落差がある被害予測を一般国民に知らせた方がいいのか悪いのか。マスコミが報道をした方がいいのか悪いのか,そのあたりを詰めましょうということです。
  とにかくEESという仕組みが現実に動いています。鳥取県西部地震の時,当時の森首相は死者200人という数字を知らされて,後にそれほどの被害はないと実態がわかるまで官邸かどこかで慎重に待機していたという話も聞きました。そのように,この仕組みは国の初動対応を決める,大変重要な仕組みになっています。
  一方,消防庁の仕組みは簡易型被害想定システムと言いますが,これはどこの市町村でも,あるいは素人でも使える仕組みです。CD-ROMに入っていてパソコン上で計算ができます。国土数値情報や表層地盤の地震動特性などがパソコンの中に入っています。私たちが入力するのは震度情報だけです。そうすると,都道府県,国,市町村の被害が出てきます。もちろん,簡易型ですからそれほど詳しい数字は出てきませんが,巨大な被害予測システムを導入するほどお金のない市町村が簡便に被害を予測するためには大変いい仕組みです。それから,このシステムは日常の訓練用にも使えます。たとえば,もし自分の町に震度6以上の地震が起きたら,いったい被害はどうなるのかという訓練用にも使えます。消防庁のホームページには購入の仕方まで出ていますから,関心があったらご覧いただければと思います。



NEXT