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2.広島県庄原市の土砂災害と今後の防災・避難対策について

広島大学大学院総合科学研究科 海 堀 正 博

1.はじめに

 平成22年7月16日に発生した広島県庄原市での土砂災害は、15時半ごろからの突然の豪雨によりわずか2〜3時間足らずの間に発生したものである。本地域は流紋岩類や安山岩類が主体の地域であり、土砂災害の起きやすいとされる広島型花崗岩類がほとんど分布していないにもかかわらず、崩壊や土石流等の発生状況が非常に高密度であったことや、広葉樹の壮齢林におおわれた斜面でもそのようなことが起きていたことなど、多くの特筆すべき状況が見られた。犠牲者は1名出てしまったが、数箇所で土砂や濁流に巻き込まれたもののその中から何とか脱出できた人や助け出された人など、いのちを守ることができた幸運な事例も見逃すことはできない。本稿では、筆者が団長としてまとめた(社)砂防学会緊急調査団報告1)をもとにこれらの状況を記載し、今後の防災・避難対策のあり方を模索することにしたい。

2.庄原災害の発生状況

2ー1.土砂移動の発生の特徴
 今回の土砂災害は広島県の北東部の庄原市の市街地から北東に6〜10劼琉銘屬砲いて、5匱綮擁の極めて小さな範囲で発生した。いずれも現在は庄原市に含まれてはいるが、川北町(篠堂川周辺エリア)・西城町(先大戸集落周辺エリア)・川西町(庄原ダム建設現場周辺エリア)の町境を中心に降った豪雨により今回の災害が発生したといえる。土砂移動の発生状況は図1に示すとおりで、1,500箇所を超える崩壊が発生し、崩土が大量の水とともに流動している(写真1)。その集中発生の激しさは崩壊面積率(全流域面積に対する崩壊部分の面積百分率)でよく認識することができる。すなわち、大災害の場合にでさえやっと1%を超えるようなものであるこの数値が、たとえば篠堂川周辺エリアでは7.0%、先大戸集落エリアでも4.7%という高い数値になっている1)

図1 被災地の位置と土砂移動の状況

写真1 崩壊・土石流等の集中発生の状況
(篠堂川を上流に向かって北東向きに撮影。2010年7月18日)

 崩壊等の土砂移動の形態については、たとえば、篠堂川周辺エリアや先大戸集落エリアでは川沿いの標高が350〜400m程度であるが、周辺の山々の標高は530〜650m程度であり、その稜線近くの38〜43゜前後の急傾斜地から崩壊土砂の移動が始まっている場合が多い。ひとつひとつの崩壊はほとんどが深さ数十僉1m前後までの浅いものであり、崩土は斜面を流下する際、植生を押し倒し、一部剥ぎ取ってはいるが、継続的に水流があったと思われる部分を除いて、ほとんど斜面上をあまり侵食することなくすべり落ちているような印象のところが多い。すなわち、崩壊等の土砂移動の発生開始場が下部斜面から上部斜面へ遡上したのではなく、明らかに上部が起点であるといえる。
 その最大の要因は誘因としての豪雨によるものだと思われ、崩壊部にはもちろん流下部や未崩壊の林地斜面においても数多くの水の噴き出したと思われる穴が確認できる。おそらく豪雨によりパイピング崩壊を起こし、崩土がそのままあるいは土石流となって流下したものの、今回の豪雨では流下部の表層土層があまり強度低下せず、侵食に対する抵抗力が保たれていたからであろう。なお、表層土壌の特徴としては、黒色土壌層が本地域一帯に広く分布していることがあげられる。「クロボク」と呼ばれる火山灰起源の土壌で、非常に透水性が小さいものもあり、場所によっては数十儖幣紊慮さのところもあるが、地表に近いクロボク層には植生の根系が入りこんでいる。この層の存在がそれより下部の不安定堆積土層を侵食から守っていたと見ることができるのではないか(写真2)。また、植生の特徴としては、土砂移動の集中発生エリアには人工林斜面のところもあるものの、落葉広葉樹林におおわれた斜面の方が多く見られ、若齢のものだけでなく15m程度以上の高さの壮齢の雑木林におおわれた斜面においても、崩壊等の土砂移動の集中発生状況が認められる(写真3)。

写真2 土砂移動の経路沿いのクロボク
(2011年2月28日撮影)

写真3 壮齢の雑木林斜面での崩壊等の集中発生
(2010年7月18日撮影)

2ー2.災害発生の誘因としての雨
 災害当日の7月16日は朝から雲は多いものの晴れた状態が続いていたが、15時半頃から突然の激しい夕立に見舞われた。豪雨は18時前までの3時間足らずのものであった。災害発生時刻は正確に特定するには至っていないが、筆者らの聞き込みで、自宅を襲った土石流土砂により身動きがとれなくなるなどの状態が16時55分だったとの証言から、およそ17時前頃と解釈している。一方で、16時半すぎ頃には川は増水によってすでに黒い濁流のような状態になっていた、視界が非常に悪かった、上流の(犠牲者の出た)家が見えなかった等の証言もあることから、16時半頃の時点ですでに土石流等が起きていて人家に被害が及んでいた可能性もある。広島県管轄の大戸雨量観測所での10分間雨量の推移(図2)を見ると、災害発生に直接つながった頃の猛烈な雨だけに注目しがちだが、同観測所の1時間雨量の推移(図3)を見ると、この地域では7月11日頃から雨が続いており、すでに累積では250伉供72時間半減実効雨量値でも130伉兇両態にあるところに、さらに短時間強雨が加わる降雨パターンであったことがわかる。
 大戸雨量観測所は崩壊等の集中発生エリアから北東に2〜3厠イ譴唇銘屬砲△蝓被災地の中心部ではさらに大きな数値になっていた可能性もあるが、とりあえず、この大戸観測所の雨量データを用いて、今回の超過確率年を求めてみた。参考のために、同じく県管轄の川北雨量観測所(被災地より北西に2〜3)とアメダスの庄原雨量観測所(被災地の南西に5〜6)のデータについても求めてみた(表1)。ただし、長期間のデータについてはアメダス庄原観測所のものを参照した。17時前から土砂災害が発生し始めたとすると、それに至った2時間雨量は超過確率年で約240年のものであったこと、結果的に無数の崩壊・土石流等の発生につながった3時間雨量で見ると約5,700年もの数値であったことなどがわかる。

図2 災害発生前後の10分間雨量の推移
(広島県管轄の大戸雨量観測所)

図3 災害発生数日前からの1時間雨量の推移
(広島県管轄の大戸雨量観測所)

3.今後の災害発生予測のあり方

 土砂災害の発生に備えるには雨量と降雨パターンの把握がポイントであるといえる。庄原の事例でも、突然降った豪雨は大きな誘因であったが、前日までの5日間の雨の影響がなければ地盤の緩みはさほど大きくはなかったはずで、短時間の強雨を受けただけでは地中に雨水が浸透し難い土壌で覆われていたことから、おそらく土砂移動の程度ははるかに小さかったことであろう。
 しかし、広島の瀬戸内周辺部の花崗岩類地域では、四国や九州の中・南部などに比べると、はるかに少ない雨量で山腹斜面の崩壊(「がけ崩れ」も含む)や土石流などが起こってしまう状況にあることがわかっている2)。庄原地域においても決して雨の多い地域ではなかったことから、地質的に花崗岩類分布地域ではなかったとしても、風化した崩れやすい物質が斜面に多く残されていたと考えることができる。今回の観測雨量(必ずしも被災地の中心部を表していないかも知れないが)からは、先行降雨量(半減期を72時間として計算した実効雨量値で)150仭宛絨幣紊里箸海蹐60/h前後以上の強雨が加わった条件で発生していることがわかったが、この値は花崗岩類分布地域での土砂災害多発に至る降雨条件と大きく異なるものではない。近年の異常豪雨の頻度の増加から考えると、瀬戸内周辺地域では特に、数時間の強雨の継続によりこの程度の条件は満たされうる状況にあると考えるべきである。

4.おわりにー今後の避難対策のあり方ー

 庄原災害の被災者の何人かに直接お話を伺ったが、いずれの方も、激しい雷雨が嵐のように渦巻く強風とともに突然やってきたかと思うと、みるみる川の水位が上昇し始めた、という状況を話してくれた。それを避けるように、自宅のより高いところ、より頑丈な作りの部屋などに移動し、自宅を襲った崩壊土砂または土石流土砂で一時身動きのとれなくなった方もおられたが、何とか危機を脱出し、また、救助されたりして、難を逃れることができている。これらの方々に共通しているのは、状況の推移をしっかり見据えて適切に行動している点である。川の水位の上昇は早く、ふだん数m幅の川は最大で70〜80mにもなっており、避難路として使えるはずの県道も冠水した。また、山側からも崩壊土砂や土石流が襲ってくる状況であった。助かったのは幸運という要素があったからかも知れない。しかし、そんな状況下でも、より最悪の事態の少ないところへ必死に移動されていることは、自ら幸運を得る可能性を高めていたといえるのではないか。
 避難路の充実、避難施設の充実、レーダー雨量観測網の整備等による降雨状況の精度良い把握、的確な避難指示など、行政側に期待すべき点の多いことはもちろんであるが、同時に、生き延びることのできた貴重な体験談などを多くの場で聞けるような機会づくり、地域における助け合い構造の育成が望まれる。歳多い世代が有する多くの経験に耳を傾け、自然の異常な兆候を感じ取れるような生き方とともに、助け合い精神のもとで科学技術の恩恵にあずかれるようになれば、いざというときに自分や身のまわりの人のいのちを守れる可能性がより大きくなるだろう。

謝 辞
 本稿をまとめるにあたり、(社)砂防学会庄原災害緊急調査団の活動の中で得た多くの知見やデータを使わせていただいた。また、その後の調査においても、地元住民、広島県砂防課、森林保全課ほか関係者のみなさまからは資料や情報の提供ほか多くの便宜をはかっていただいた。ここに記して衷心より感謝したい。

引用文献
1)海堀正博ほか(2010):2010年7月16日に発生した広島県庄原市の土砂災害の緊急調査報告、砂防学会誌、63 (4)、30-37.
2)海堀正博(2006):広島地域における土砂災害危険度の高い要因と警戒避難のための降雨情報伝達における課題、広島大学大学院総合科学研究科紀要供◆愆超科学研究』、1、55-69.