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3.国民保護の形式訓練への警鐘

危機管理総合研究所
代表 小 川 和 久

 国民保護法の施行を受けて2005年度末、全都道府県の国民保護計画が閣議決定され、市町村段階でも計画策定が急がれている。
 訓練も活発化し、2006年度は共同訓練11回(実動3、図上8)、単独訓練24回(実動7、図上17)の計35回にのぼった。共同訓練のうち実動訓練は、石油コンビナートへのテロ攻撃(北海道、2006年8月下旬)、原子力関連施設へのテロ攻撃(茨城県、同9月下旬)、大規模集客施設への化学テロ攻撃(鳥取県、同11月下旬)を想定した大規模な住民避難や防災、救援訓練で、参加人員は約4,400人にのぼった。
 その動き自体は高く評価したい。しかし、その一方で訓練想定などが「絵に描いた餅」の状態を脱することなく、国民保護計画も「仏作って魂入れず」に終始している点は早急に改善が求められる。
 国民保護計画や訓練想定が形式に流れ、リアリティを欠くことがあるのは、国家の中枢神経であり、動脈とも言うべき重要インフラ(米国は電力、通信など18分野を定義)を防護する思想の不在と取り組みの遅れが主な原因である。重要インフラのうち、特に電力と通信が機能しなくなれば、国家全体がたちまち麻痺状態に陥り、人間なら臨終を迎える事態となる。金融インフラなど通常の社会機能ばかりか、消防・警察といった緊急サービスも、そして自衛隊と米軍による国防のシステムも正常には機能しなくなることは覚悟しなければならない。その現実は、2006年8月の首都圏大停電でも明らかとなった。
 政府の情報セキュリティ政策会議は2005年7月14日、公共機関や電力、金融機関など重要インフラへのサイバー攻撃などに関する緊急対策をまとめた。ここには、重要インフラ事業者を主体とした情報共有・分析センター(ISAC)の創設支援も含まれている。さらに政府は同年7月28日、鉄道のターミナル駅、原発、空港など20種の施設を「重要防護対象施設」と定め、大規模テロなどの緊急事態に備える「安全確保ガイドライン」を策定する方針を固めた。こちらは主に物理面のセキュリティである。
 これでようやく日本の重要インフラ防護の態勢が整ったように見えるが、実はそうではない。重要インフラの防護を考えるとき、いかに情報セキュリティと物理的セキュリティ両面への取り組みが始まったとしても、それだけで万全とは言えないからだ。
 テロリスト、敵性国家の特殊部隊や工作員、犯罪者の目で眺めれば、その理由は一目瞭然だろう。これらの敵は、最終的に電力を止めて国家の機能を麻痺状態に陥れたり、原子炉を制御不能な状態にして放射能汚染やそれに伴うパニックを引き起こすことを目指していると考えてよい。そうした彼らは、まず、コンピュータ・ネットワークで相互に依存し合っている重要インフラとその周辺をスキャンし、おそらく数分間で最も防御が弱い部分を発見し、そこから侵入を試みるだろう。そして、弱い部分を探し出しては侵入を繰り返し、最後には電力にたどり着く。米国の電力会社の侵入テストの事例では、9分間で原子炉を自由にできる状態に達したケースもあると、侵入テストの当事者たちから聞いたことがある。
 しかも、敵はそうしたサイバー面からだけ侵入するとは限らないから問題は深刻だ。たとえば、いきなり電力のシステムに侵入を試みたとしても、日本の電力会社のセキュリティのレベルがあれば、かなりレベルの高いハッカーなどでない限り、いきなり侵入することはそれほど容易ではないと思われる。しかし、敵の目的はどんな手を使ってでもシステムに侵入することにある。最も懸念されるのは、電力会社内に内通者を作ったり、内部の枢要なポストの人間になりすますことによって、管理者パスワードを入手しようとすることだ。いわゆる社会工学 的手法である。
 また、専用回線が通っている無人の施設などの警報装置を特殊部隊や工作員が一定の時間にわたって解除し、ハッカーのレベルの専門家が専用回線に接続できるようにすれば、これまた侵入できる。こちらは物理的セキュリティの範疇である。これをトータルとして防ぐ取り組みがない。以上は、攻撃を仕掛けてくる敵の立場で考えれば自明のことだが、その視点が日本の重要インフラ防護には抜け落ちているし、形だけの国民保護計画に影を落としている。
 日本の国民保護計画がどれほど形式的か。象徴的だったのは、2005年11月27日に行なわれた福井県の関西電力美浜原発に関する住民避難の実動訓練(訓練参加人員1,800人、参加住民120人)だろう。テロリストによる攻撃を想定したというが、攻撃の主体も、テロの目的も、明確になっているとは言えなかった。先に述べた攻撃側の視点を加味した重要インフラ防護の考え方に照らして見ると、問題点は歴然としている。
 まず、一口にテロと言うけれども、北朝鮮の特殊部隊もあれば、イスラム原理主義過激派集団アルカイダもある。この両者が行なう破壊活動は、中身は同じでも、その封殺のための対応は異なる。その点が忘れられている。
 北朝鮮特殊部隊の能力は、アルカイダの何倍も高いと思われる。しかし、北朝鮮特殊部隊は国家あっての特殊部隊であり、勝手に行動することはない。日米安保などの政治的システムを機能させ、その抑止効果によって北朝鮮を国ぐるみ安全な状態にしていくのが基本的な対応である。一方のアルカイダなどは、どこかの国を押えても封殺は困難だ。彼らがイスラム教の最盛期である14世紀社会の再現を目指す限り、近代文明を代表する米国、日本、EU先進国は攻撃目標とされることを覚悟しなければならない。こちらは、背後にある貧困や宗教対立などをなくすための公衆衛生学的アプローチ、テロ組織に有効な対策を開発するための予防医学的アプローチ、現在進行形のテロを封じるための対症療法的アプローチを根気よく続けていくほかない。
 攻撃目的も明確にする必要がある。大規模停電テロを狙うなら、一定地域が24時間以上も停電するよう電力網の破壊と復旧の遅延を計画するだろう。それが現実になれば、自家発電装置の燃料供給が追いつかない結果、まずは病院で生命維持装置などを使っている数千人以上が、その地域だけで死亡する。犠牲者の数は通常の爆弾テロの比ではない。
 また、原発を制御不能にして日本国民を恐怖のどん底にたたき込む目的なら、最終的にはサイバー面から行うのが簡単だ。その場合も、社会工学的手法(内通者、騙し)などを使い、何とかしてシステムに入り込めばよい。そのことは先に述べた。わざわざサブマシンガンを備えた警察部隊が常駐している原発を正面から攻撃し、原発のコントロールルームを占拠する必要はないのである。
 このときの訓練想定には、当初、大いなる矛盾点があった。迫撃砲攻撃の状況下で、住民を避難させようとした点である。この点は訓練実施までに修正されたが、どこに飛ぶかしれない迫撃砲弾が降り注ぐ中の住民避難は疑問だ。弾道ミサイル攻撃時、当初は堅牢な建物や地下施設に避難するようにした政府の方針が全く忘れられていた。
 迫撃砲についても、どこまで基礎知識を持っていたか疑問だ。まず、口径60ミリ、81ミリ、82ミリ、107ミリ、120ミリなど迫撃砲の種類と攻撃に使われる数、弾薬の種類と弾数、1門あたりの1分間の発射弾数が明確でないと、想定は成立しない。それが明確になっていなかった。
 たとえば美浜原発への突入部隊を支援するためにテロリストが旧ソ連製をルーツとする82ミリ迫撃砲(最大射程3キロ)4門を使うとき、1門あたりの1分間の発射弾数は15発から25発だから、最初の1分間に60発から100発が警備陣に降り注ぐことになる。迫撃砲が8門なら120発から200発となる。これが、相手に頭を上げさせないための迫撃砲の基本的な使い方だ。
 しかし、82ミリ迫撃砲弾は1発の重さが3,050グラム。それが100発なら300キログラム、200発なら600キログラムになる。迫撃砲本体も1門60キログラム近い。それぞれの敵も平均20キログラムほどの個人装備を持っているはずだから、これを搬入し、攻撃準備するためには、練度の高い北朝鮮特殊部隊でも、おそらく20人から40人は必要となるだろう。国土が狭く、どこにでも人家があるような日本である。これだけの人数が原発の半径3キロ以内に接近し、隠密裏に展開するのは容易ではない。
 このように、美浜原発の住民避難訓練は制御不能を含む原発事故に対する意味は大きいものの、物理的テロや武力攻撃事態の想定には無理があることがわかるだろう。
 そんな日本をあざ笑うかのように、2006年7月5日、北朝鮮はロシア沿海州南方海域に向け弾道ミサイル7発を発射した。うち最新型のテポドン2号(射程3,500〜6,000キロ)は発射直後に空中分解し、射場の半径2キロ以内に落下したが、ノドン(同1,300キロ)2発、スカッドC(同500キロ)2発、新型スカッド(同1,000キロ)2発の計6発は目標海域に着弾した。
 このときもまた、形式に流れてきた日本の危機管理の問題点が明らかとなった。政府は湾岸戦争時のイスラエルの教訓(イラクから弾道ミサイル39発を撃ち込まれたが、冷静な退避行動によりミサイルによる死者は2人にとどまった)をもとに「弾道ミサイル攻撃やゲリラ・特殊部隊による攻撃、航空攻撃においては、近隣のコンクリート造りなどの堅牢な建築物、地下街等の地下施設などに一時避難」としている。しかし、ミサイル着弾2分前ぐらいに確実に警報を住民に伝え、整然と避難させなければならないという目標が、現状では無理とわかったのである。
 2006年度中の運用開始を目指す総務省消防庁の全国瞬時警報システム(J-ALERT)が整備途上ということもあるが、問題の根底には、FAX受信者が迅速かつ確実に対応できているかどうか確認できない「送りっぱなし」のシステム、つまり形式的な警報システムでお茶を濁してきた現実が横たわっていた。さらに10月9日の北朝鮮による核実験では、防衛庁への情報伝達が40分遅れとなった問題が国会でも取り上げられた。
 それだけではない。化学テロを想定した訓練が重ねられているにしては、一向に基本的な問題点が解決される兆しが見えないことも、訓練が形式に終始してきた結果である。
 1995年3月の地下鉄サリン事件を受けて、消防・警察部隊の生物・化学兵器防護能力は飛躍的に高められた。代表的なものは防護服の普及だろう。しかし、防護服だけで化学テロ対策が合格点に達したと満足してはならない。それは、防護服を着用した隊員にできることは化学剤の被害者を現場から搬出することだけで、救助には至らない場合が多分に残されると思われるからである。
 考えればわかることだが、例えばサリンの被害者の救助においては現場で早急に硫酸アトロピンなどの解毒剤を注射する必要があるが、防護服の分厚い手袋越しに解毒剤のアンプルを切り、注射器に吸い上げることは至難の業だ。アンプルの破片で防護手袋を傷つける恐れもある。そんなとき、あらかじめ解毒剤が注入されている自己注射器を使うのが先進国の常識だが、日本では薬事法によって禁じられている。要するに、いくら防護服を着ても救助活動にはならない場合があるのだ。
 政府はいま、国民保護計画を実効性あらしめるために、いかにして形式主義を克服するかを問われている。