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10. 新潟県中越地震復旧・復興GISプロジェクトについて

長岡造形大学 講師 澤 田 雅 浩

1.はじめに

  平成16年10月23日午後5時56分、新潟県中越地方を最大震度7という巨大な地震が襲い多くの被害が発生することとなった。被災地にはいわゆる中山間地域も多く、いくつかの集落は道路の寸断によって孤立状態に陥りもした。さらに最初の地震発生後2時間弱の間に震度5以上の地震が11回発生するなど、余震による被害も拡大することになった。被害状況は余震の発生や降雨によって刻一刻と変化し、その対応を担う市町村の災害対策本部での情報収集は極めて困難となり、その影響で復旧支援活動はさまざまな制約を受けることになった。さらに被害を受けた自治体の中には庁舎建物が被害を受け、さらには自家発電装置の故障などによって外部へ情報発信のできない状況も生じた。そのような状況の中、GIS(地理情報システム)を活用し、被災地外での情報集約とその提供を一元的に行うことで被災地を支援する動きが生まれた。それが「新潟県中越地震復旧・復興GISプロジェクト」であり、このプロジェクトはまさに産官学合わせた全国的な協力体制によって推進されることになった。ここでは被災地側の事務局を務めることになった筆者が、プロジェクト立ち上げまでの経緯とその後の活動、そして今後の可能性について整理するものである。

2.プロジェクト結成の経緯

  10月23日の震災発生以降、被災地では自治体に設置された災害対策本部を中心として、被災状況の把握と復旧作業、そして被災者への支援策の検討などに忙殺される状態が続くことになった。特に余震が断続的に発生し、さらには降雨による河川の増水や土砂崩れの発生、河道閉塞により生じた震災ダムの決壊の危険性などが報告される状況の中、限られた職員や支援部隊の手では、情報集約を的確に行い、効率的な活動に生かすといった展開は極めて困難であった。そのような状況下では被災地外やマスコミに対して情報発信をすることも大変な負荷となる。
  これら現地の状況を踏まえ、さらには2001年9月11日にニューヨークで発生した同時多発テロ事件の現場における救助救出活動にさまざまな関連機関の所有するデータがGISによって一元化され、それが的確かつ迅速な救助・救出行動に大きく寄与したという事例を踏まえる形で、京都大学防災研究所巨大災害研究センター林春男教授と国土交通省河川局布村明彦河川計画課長が中心となりプロジェクトの立ち上げが検討された。その結果を踏まえ、震災発生から2週間弱が経過した11月3日にプロジェクト立ち上げのための会合が東京にて開催され、GISを活用した情報集約とインターネットを通じた情報提供を実施するための合意が図られることになった。その会合には国の機関やライフライン事業者、測量会社やGIS関連企業、そして大学関係者などが多く参加し、その趣旨に賛同し、実際の活動を開始することとなった。  そしていくつかの準備作業を終え、震災発生後から3週間が経過した11月15日に「新潟県中越地震復旧・復興GISプロジェクト」のサイト(http://chuetsu-gis.nagaoka-id.ac.jp/)が一般に公開され、情報提供が始まった。

「中越地震復旧・復興GISプロジェクト」サイトのトップページ

PDFデータで提供される全域情報地図

3.プロジェクトの特徴

  本プロジェクトでは、これまで文字情報や、独自に作成された地図などによって各機関がばらばらに保有・提供してきた情報をGISを活用したデジタルデータとして一元的に集約し、インターネット上に公開することを目的として各種の作業を行ってきた。具体的なプロジェクトの特徴は以下の5つである。

1)国土地理院の1/25,000地形図と精細な衛星画像を背景としたGIS上に多様な機関の情報を一元集約
2)道路の通行止めや避難所の情報、ボランティアセンターなどの最新情報を毎日更新(12月末まで)
3)総合的な災害対応・ボランティアによる支援などに不可欠な被災の全体像を提供
4)精細な衛星画像により、被災・復旧の状況を確認可能
5)印刷可能な地図データの配布により現場での状況認識が容易

  背景図としては、一般的に用いられる国土地理院発行の地形図(1/25,000)のほかに、精細な衛星画像が提供されたことは被災状況の把握や地形条件の把握などに有効であったといえる。さらには国の各機関によってそれまでに集約されていた情報が、立ち上げの段階でプロジェクトに提供されることが決定し、サイト開設当初より趣旨に沿ったデータが提供可能となったことで、その後、各機関からのデータ集約も順調に行うことができた。また復旧・復興過程で提供される各種の情報は必ずしも地図データの形式に整理されているものばかりではなく、現場ではさまざまな情報が手書きの資料として作成され、それをコピーしたり、貼り出したりすることで共有されている場合も多い。今回はそのようなテキストベースで提供される情報がデータ化された時点で、インターネットなどを通じ被災地外で入手し、それをGISデータとして利用可能な形式にし、提供も行った。これらの作業結果は原則として毎日更新され、ただの情報提供としての機能だけでなく、復旧・復興に関連するさまざまな活動をより効果的にするための支援機能を継続的に提供することができた。
  また、開設当初、サイトから提供される情報として、WebGISシステムを用いて、ユーザーの所有するPCのブラウザ上で必要な地域の必要な情報を取捨選択して入手することができるようにするとともに、全域的な情報を一元的に把握可能で、かつデータをダウンロード後そのまま印刷することで、紙地図としても利用可能なPDFデータの提供もあわせて行われた。この機能は特に被災地で活動を行う際の情報共有時には重要であったと思われる。被災地での活動は主に現場での作業が中心となり、必ずしもインターネット環境が整った空間で行われる場合だけではない。また多くの人数が関係する作業における情報共有手段としては出力した紙地図が有効であるというプロジェクト賛同者からの意見もあり、そのままで印刷可能なデータを提供するとともに、印刷された地図を現地の自治体を中心とした機関に直接送付することで有効活用を促すという手法も採用されたのである。なお、これら一連の作業は原則として被災地外に拠点を置き、今回のプロジェクト趣旨に賛同した各機関によって実施されたことがこのような膨大な作業を継続的に実施することができた一つの大きな要因であることは指摘しておきたい。

4.プロジェクトの進展

  11月15日から本格的に提供されるようになったこのプロジェクトの情報は、幸いにも各方面からの注目を集めることになり、実際の被災現場においても有効活用されているという反響を得ることができた。しかし今回の取り組みはサイト立ち上げ時に各機関から提供された情報やそれまでに構築されていたGIS関連技術を応用する形で成立しており、被災地内外からのニーズや、提供された情報を十分に活用できない点、そして常に最新の情報を提供してはいるものの、それ以前の情報へのアクセスができないなどといった課題も見えてきた。
  そこでいくつかの改良を加えながらサイトを運営していくこととなった。被災地の現地情報を伝えるためにGPS携帯電話を活用したデータの収集とその提供を始めたり、各ユーザ側でGISアプリケーションなどを活用してより詳細な分析等を実施することができるように、GISデータをダウンロードできる仕組みを新たに付け加えたりすることになった。また、PDFデータに関しては提供を始めた日から毎日のデータを任意に選択できるような機能も付与し、時間の経過に伴う状況の変化を把握することができるよう改良が加えられた。さらには今後他の地域で発生が予想される同様の災害に備えて、より多くの支援の手を活用しながら情報の入力を行うことができるようにするために「GISボランティア」の仕組みを構築した。これはボランティアとして登録した機関に対し、被災地で入手した情報を転送し、それを各地でGISデータ化して再度集約するという作業を実施するための仕組みである。実際に小千谷市や長岡市の災害対策本部の協力を得ながら入力訓練を行ってデータの精度や作成速度、災害対策本部で発生するテキストデータの分類方法等に関する検証を行っている。
  プロジェクト全体のトップページのデザインに関しては平成17年1月17日に大幅な改良を行い、続々と提供されるデータへの対応を講じるとともに、より利用しやすいインターフェースへと変更している。

5.プロジェクトの意義
  今回の「新潟県中越地震復旧・復興GISプロジェクト」は関係各位の善意の協力なくしては成立しえず、その協力があったからこそ一定の意義を生み出すことになったと考えられる。プロジェクトの意義として総括すると下記の4つとなる(林春男教授による)。

1)国土交通省をはじめとして、主要な防災関係機関が社会に対して自分たちが発信すべき情報を責任もって提供してくれたこと
2)測量会社やGIS関連の企業が “ALL Japan” で支援していただけたこと
3)GISのデータ入力に関して被災外で行い、被災地には、「労力の提供」ではなく、「成果の活用」をもとめたこと
4)被災地に立地する大学(学術機関)に中立的なポータルサイトを作り、みなさんの協力でそれが真のポータルとして機能したこと

  プロジェクトの立ち上げ当初から「大同団結」ということが謳われ、被災地への支援の一方策としてこのような情報集約と情報提供を「被災地外」から行ったことは、今後の災害支援のあり方にも一つの示唆を与えることになるのではないかと考える。阪神・淡路大震災時と比べると情報技術や通信環境は飛躍的に向上しており、それを有効活用したという点からも従来型の災害支援とは異なる取り組みであったといえる。
  さらにこの一連の活動をきっかけに、関係各機関ではプロジェクトで活用した技術をより高度化する動きも見られている。実際に平成17年3月20日に発生した福岡西方沖地震でも同様のサイトが早期のうちに立ち上げられている(http://www.ies.kyushu-u.ac.jp/~eqwfuku/)。今後も同様の活動が各地で形を変えつつ継続し、それらの蓄積によって災害発生時の被災地支援の一つのあり方として確立させることができれば、前述の4つの意義に加え、今回のプロジェクトの最大の意義となるのではないかと考えている。