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5 避難に関する基礎知識

2.的確な避難のために考慮すべき事項

正常化の偏見

 「正常化の偏見」(normalcy bias)とは、目の前に危険が迫ってくるまで、その危険を認めようとしない人々の心理傾向、つまり「危険を無視する心理」を指す。社会心理学者の広瀬弘忠(1984)は、「正常への偏向」と訳しているが、この心理を、危険を無視することによって心的バランスを保とうとする一種の自我防衛機能と解説し、次の2つの現れ方があると説明している。
 「第一の現れ方は、いわば文脈的体制化とも言うべきもので、異常事態を告知する現象(たとえば、警報、前兆現象など)をふだんの日常的枠組みの中へ無理やり押し込めて、異常性を減殺してとらえるというものである。これは、たとえば、一九八二年七月の長崎豪雨の時のように、それ以前に何度か大雨警報が発令されてはカラ振りに終わったという経験が、新たに発令された警報の深刻度を減少せしめ、その結果として多くの人々が避難行動などの有効な災害対応行動をとらないという事態を生み出す。」(p106)「正常への偏向の第二の表れ方は、心的均衡回復過程のバランサーとしてである。極度に大きな危険の存在が告知されても、その告知された危険が人々の対応能力をはるかにこえるほど大きく、他方、危険そのものの属性に何らかの曖昧さを含む場合には、危険度は極小に評価される傾向がある。曖昧で極度に大きな危険に直面して生きることは、人々に大きな心的緊張状態をもたらす。このような緊張状態の持続に耐えきれなくなると、人々は事態の曖昧さが許容する範囲内で危険度を低く評価しなおすことによって、ストレス減少をはかろうとする。」(p107)
 多くの災害において、「正常化の偏見」が人々の災害対応行動に影響を及ぼしたと考えられている。東大社会情報研究所那須町アンケート調査の中でも、水害当日に避難しなかった人の理由として「避難が必要でないと判断した」「自分の家まで危険になるとは思わなかった」を挙げた人がそれぞれ60.6%、45.0%と大きかったのを受け、「正常化の偏見」がこの水害でも現れていると指摘している(図2.5.25)。廣井脩(1991)は、「警報を含む災害情報は正確性ばかりでなく、適切性も持たなければならない」という。住民の警戒心を喚起し、また、避難行動を促進するため、発する情報には、正確性に加えて住民が情報を真剣に受け止め「正常化の偏見」を抑制する要素が求められる。
図2.5.25 避難しなかった理由(複数回答)

*47 福田充,中森広道,廣井惰,森康俊,馬越直子,紙田毅;「平成10年8月那須集中豪雨災害における災害情報と住民の避難行動」,「東京大学社会情報研究所調査研究紀要」No.14,p219−220,東京大学社会情報研究所,2000

【参考文献】
広瀬弘忠:「生存のための災害学自然・人間・文明」,p106−107,新曜社,1984
廣井脩;「災害情報論」,p243,恒星社厚生閣,1991