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2017年12月16日(土)
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火山災害の基礎知識

4  最近の主な噴火


(桜島、有珠山、三宅島、伊豆大島、十勝岳、伊豆東部火山群、雲仙岳)
(「火山 その監視と防災」気象庁より)

桜島

桜島 昭和30年(1955年)から
  昭和30年(1955年)から頻繁に爆発が起こるようになり、毎年数百回の爆発をくり返しています。爆発による噴石や空振により、自動車や家屋のガラスが割れる被害や降灰による農作物への被害等が多発しています。昭和61年(1986年)11月23日には直径2mの噴石が島内のホテルを直撃し、重軽傷者6人を出しました。

有珠山

有珠山 昭和52年(1977年)
  32時間にわたって地震が増加した後、昭和52年(1977年)8月7日朝、有珠山が噴火しました。噴煙は高さ1万2千mまで上がり、周辺には大量の火山灰が積もりました。翌年まで多数の噴火を繰返し、雨により火山灰等が流出して泥流となり、死者・行方不明3人、家屋への被害等大きな災害もありました。噴火後約5年にわたり激しい地殻変動があり、山麓では道路・建物等が被害を受け、山頂部には高さ180mの新山(有珠新山)が隆起しました。

平成12年(2000年)
  2000年3月31日西山山麓で噴火しました。4月1日には北西側の金毘羅山西側山麓から新たな噴火活動が始まりました。この噴火災害では最大で15,815人が避難指示勧告の対象となったものの、噴火前に迅速な避難が行われたこと等により人的な被害はありませんでした。その後火山の活動状況をみながら順次、避難指示勧告は解除されました。


3月31日午後1時10分23年の眠りからさめた。
有珠山西側の西山側火口

三宅島

三宅島 昭和58年(1983年)
  昭和58年(1983年)10月3日15時23分、三宅島が21年ぶりに噴火しました。噴火前に地震が増加しましたが、その時間は1時間半と非常に短いものでした。南山腹から海岸にかけて割れ目火口列が形成され、ここから溶岩が噴泉のように噴出し、溶岩流が谷沿いに流下して島内最大の集落(阿古地区)を埋めました。溶岩流による災害としては戦後最悪のものでした。


(写真は近代消防 1983 12月号グラビアより)

三宅島 平成12年(2000年)
  平成12年6月27日、三宅島西方約1km沖で海底噴火が確認され、7月8日には山頂で噴火するとともに大きな陥没火口が形成されました。10月以降は火山灰の噴出はほぼなくなりましたが、火山ガスを放出する状態が続いています。

  三宅村では平成12年9月2日に全住民に対し島外への避難指示が出され、平成17年2月までの4年5ヶ月もの間、住民に対する避難指示は解除されませんでした。

(以下「近代消防」2000 10月号 グラビアより)


8月18日午後5時02分頃再噴火した三宅島。噴煙は8,000メートル以上にも達し、約1,100世帯2,200人に避難勧告と全島民約3,800人の屋内待機が呼びかけられた。


8月18日、大規模噴火のあとの三宅島の民家の屋根の降灰状況。降灰は、伊ヶ谷地区で最も多く約20センチメートルにも及んだ。灰と一緒に小石も混じり、住宅や車の窓ガラスが割れる被害も出た。

8月10日の三宅島の再噴火。
噴煙は、過去2回の噴火の噴煙の高さを大きく上回る約3,000メートルに達した。
(気象庁三宅島測候所提供)

伊豆大島

伊豆大島 昭和61年(1986年)
  昭和61年(1986年)7月から火山性微動が記録されるようになり、11月15日に山頂火口(三原山)から噴火が始まりました。溶岩が噴泉のように噴き上げられ、火口は次第に溶岩で埋まり、19日には溶岩流となってカルデラ床に向かって溢れ出しました。11月21日16時15分、カルデラから北西山腹にかけて割れ目火口列を形成して新たな噴火が始まりました。溶岩流が元町方向に流下し、さらに大きな噴火が懸念されたことから、島の全住民約1万人が一時島外に避難する事態になりました。その後、平成2年(1990年)まで数回の噴火がありました。


十勝岳

十勝岳 昭和63年(1988年)
  昭和63年(1988年)12月16日、十勝岳が26年ぶりに噴火活動を始めました。12月24日の夜の噴火では雪を溶かして泥流が発生し、火山付近の住民が避難しました。その後平成元年(1989年)3月5日まで21回にわたって噴火があり、長さ1km程の火砕流や泥流がたびたび山腹を流下しました。

伊豆東部火山群

伊豆東部火山群 平成元年(1989年)
 伊豆半島東方沖では昭和53年(1978年)から群発地震が頻繁に起こるようになり、また地盤の隆起も続いていました。平成元年(1989年)6月30日から始まった群発地震の活動がやや低下した7月11日に微動が始まり、13日には伊東市の数km沖(手石海丘)で海底噴火がありました。
(写真:海上保安庁提供)

雲仙岳

雲仙岳 平成2年(1990年)11月17日から
 平成2年(1990年)7月から昭和42年(1967年)の観測開始以来初めて火山性微動が観測され西山腹でひんぱんに群発地震が起こるようになりました。平成2年(1990年)11月17日には約200年ぶりに噴火し、翌年の5月20日には溶岩ドームの出現、同24日には火砕流の発生等活動が激化しました。6月3、8日には大きな火砕流が発生し、死者・行方不明43名および多数の家屋、農耕地への被害等大きな災害をもたらしました。また、平成5年(1993年)6月23日にも規模の大きな火砕流が発生し、死者1名および家屋等に大きな被害をもたらしました。平成6年(1994年)1月までに12の溶岩ドームが成長崩落を繰返しました。




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