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2019年1月20日(日)
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風水害の基礎知識

2  風水害の種類別の基礎知識


(3)土砂災害

「がけ崩れ災害」

過去のがけ崩れ災害から

  昭和47年7月、高知県土佐山田町繁藤地区の災害(スケールが大きく山くずれと言うべきかもしれませんが、土砂災害を三つに区分した関係で、がけ崩れとしておきます。)

気象概況
  47年6月30日から7月2日にかけての気象状況は、梅雨前線が非常に弱まり、高知市の最高気温は30℃を越し、つゆ明けを思わすような天気であった。その後黄河下流域に発生した低気圧が東進し、5日朝には日本海西部へと進んでいた。
  一方太平洋高気圧はゆっくり西進し、暖かい湿った空気のかたまり“湿舌(しつぜつ)"が、四国山脈の南西斜面に吹きつけ、局地的集中豪雨を生む気象となり、7月3日午後から、にわか雨の降りやすい天気となった。
  7月4日の気圧配置は、前日とほとんど変らず、午後から弱い雷をともなったにわか雨が、県の中央部および北東部付近に降りはじめた。この雨は短時間で止んだが、20時ごろから急に、同上地区で強いにわか雨がはじまり、2時間ぐらいで終わり、夜半前から星空が見えるほどになっていた。
  その後、小康状態がつづいたが、7月5日、4時ごろから県中央部と北東部で、再び強い集中豪雨となり、5時より6時の間には、95.5mmと最大を記録し、4時から9時までの5時間の降雨量は、すべて時間雨量50mm以上で、386mmという驚異的な記録となっている。

(「昭和47年7月 豪雨・繁藤 山くずれ災害記録」より)

繁藤追廻山の山くずれ現場(海上自衛隊小松島航空隊機から写したもの)



繁藤山くずれを報道する各新聞社の紙面


以下は「近・現代日本気象災害史」宮澤清治著から転載させていただきます。

天坪という地名
  「昭和四七年七月豪雨・繁藤 山崩れ災害記録(土佐山田町)」という本にある防災上、参考になる事項を書き留めておこう。
  高知行きの列車が高松駅を発車してから約二時間、大歩危、小歩危の景勝の山峡を縫って、あと二九キロメートルで高知駅に着く地点に土佐山田町の繁藤駅がある。
  車窓からよほど首をかたむけて仰がないと、天を見ることができない。古い地名の天坪(あまつぼ)という地名はこんなところから出てきたのだろう。この地方は昔から雨がすこぶる多いので、明治の初年までは、雨坪という字を当てている。また(アマツボ)のアマは天で、地上より高く離れた所、ツボは壷のように凹型をなしているという意味がある。いずれにせよ土地が高く雨の多いところから起こった地名のようである。
  天坪は標高三〇〇メートル、平地より平均気温は五度も低い。静かな過疎の町、助け合うことを生活の知恵として来た純情素朴な山の人たちの隣人愛が、一人の命を救うために大きな犠牲を生んで、悲しみに沈んだ。山崩れによる被害は、一人の人名を救助中に起こった二次災害によるものだった。
「ぼくは、もう山がある所に住むのはいやだと思いました」
「雨が降る日は、あの日のことを思って、かなしくなります」と、肉親を失った山の子どもたちが作文集に書いている。

機関車が飛んで山へ
  七月五日、午前六時十二分、繁藤地域警戒中の繁藤消防分団から応援の要請をうけ、山田警察署は松田次長ほか署員五名を先発させた。
  途中、署から無線電話で、作業中の繁藤分団員が土砂に埋った旨の連絡をうけ、午前七時三十分ごろ現場に着いた。現場は雨が激しく、ただちに救出するには非常に困難な状況であった。
  土佐山田町役場の繁藤支所で救出について協議したあと、午前十時五十分頃支所を出た。一〇〇メートルぐらい来たところで、突然バリバリという音とともに電柱が倒れ、路上で高圧線が青い火を吹いた。
  現場あたりには真黄色な霞のようなものが立ち上がり、停車中の機関車が川を飛び越えて、向岸の山肌に突き当たり、川床に消えた。これは一瞬の出来事で白昼夢を見る心地であった。(野口邦永消防署次長)。
「ゴー」という音で、山側を見た。二〇年生くらいの樹木がゆらゆらゆれながら山が波打ち始めたので「山が来るぞ!」と叫ぶと同時に、駅の構内の方に走った。走りながら瞬間的に振り向いたところ、頂上の方でパーッと水しぶきが上がった、と思った途端「ガリガリと雷鳴のような、ごう音とともに頭上より山が大きく崩れ出した。このまま逃げても埋まると思ったので、少しでも浅く埋ろうと横に逃げた。「助かった」と思って振り向くと、線路上に駅舎の屋根ぐらいの高さに土砂が堆積して、停車中の高松行の列車が見えなくなっていた(平川演通役場建設課長補佐)。

わき水が急ににごる
  今回の山崩れは、記録的な集中豪雨が主な原因であるが、被害を大きくした一つに、同地区が危険区域に指定されていなかったことがあげられる。また、地元の林業家が崩壊発生前、わき水が突然とまったのを視認している。
一般に山崩れの前兆として
1:地下水やわき水が急ににごる。
2:地下水が突然増えたり、とまったりする。
3:落石や小さな崩壊が発生する。
  また、崩壊斜面では、スギ、ヒノキ(樹齢十数年)などが、いっせいに伐採されており、古い林のある斜面は無事だったというから、急斜面の伐採には、とくに注意が必要だ。
気象的には、梅雨末期の集中豪雨は、とかく明け方から朝にかけて雷を伴って強く降る傾向があるので注意を要する。繁藤の山崩れはこのよい例である。


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