防災展示場
消防防災GIS
災害写真データベース
今日は何の日?
2017年11月20日(月)
過去の災害
全国統一防災標語
あぶないよ ひとりぼっちにした その火 (平成11年度)shim火をつけた あなたの責任 最後まで (平成12年度)shimたしかめて。火を消してから 次のこと (平成13年度)shim消す心 置いてください 火のそばに (平成14年度)shimその油断 火から炎へ 災いへ (平成15年度)shim火は消した? いつも心に きいてみて (平成16年度)shimあなたです 火のあるくらしの 見はり役 (平成17年度)shim消さないで あなたの心の 注意の火。 (平成18年度)shim火は見てる あなたが離れる その時を (平成19年度)shim火のしまつ 君がしなくて 誰がする (平成20年度)shim消えるまで ゆっくり火の元 にらめっ子 (平成21年度)shim「消したかな」 あなたを守る 合言葉 (平成22年度)shim消すまでは 出ない行かない 離れない (平成23年度)shim消したはず 決めつけないで もう一度  (平成24年度)shim消すまでは 心の警報 ONのまま (平成25年度)shimもういいかい 火を消すまでは まあだだよ (平成26年度)shim無防備な 心に火災が かくれんぼ (平成27年度)shim消しましょう その火その時 その場所で (平成28年度)shim火の用心 ことばを形に 習慣に (平成29年度)shimあなたは火事の恐ろしさを知らない (昭和43年度)shim今捨てたタバコの温度が700度 (昭和44年度)shim防火三百六十五日 (昭和45年度)shimいま燃えようとしている火がある (昭和46年度)shim慣れた火に 新たな注意 (昭和47年度)shim隣にも声かけあってよい防火 (昭和48年度)shim生活の一部にしよう火の点検 (昭和49年度)shim幸せを明日につなぐ火の始末 (昭和50年度)shim火災は人災 防ぐはあなた (昭和51年度)shim使う火を消すまで離すな目と心 (昭和52年度)shimそれぞれの持場で生かせ火の用心 (昭和53年度)shimこれくらいと思う油断を火が狙う (昭和54年度)shimあなたです! 火事を出すのも防ぐのも (昭和55年度)shim毎日が防火デーです ぼくの家 (昭和56年度)shim火の用心 心で用心 目で用心 (昭和57年度)shim点検は防火のはじまりしめくくり (昭和58年度)shim“あとで”より“いま”が大切 火の始末 (昭和59年度)shim怖いのは「消したつもり」と「消えたはず」 (昭和60年度)shim防火の大役 あなたが主役 (昭和61年度)shim消えたかな! 気になるあの火 もう一度 (昭和62年度)shimその火 その時 すぐ始末! (昭和63年度)shimおとなりに あげる安心 火の始末 (平成元年度)shimまず消そう 火への鈍感 無関心 (平成2年度)shim毎日が 火の元警報 発令中 (平成3年度)shim点検を 重ねて築く“火災ゼロ” (平成4年度)shim防火の輪 つなげて広げて なくす火事 (平成5年度)shim安心の 暮らしの中心 火の用心 (平成6年度)shim災害に 備えて日頃の 火の用心 (平成7年度)shim便利さに 慣れて忘れる 火のこわさ (平成8年度)shimつけた火は ちゃんと消すまで あなたの火 (平成9年度)shim気をつけて はじめはすべて 小さな火 (平成10年度)

9.消防精神

9.消防精神 (福岡県北九州市)





て ん ち さ け ち く ず る と も お ど ろ く に た ら ず

も う か こ う ず い な ん ぞ し ゅ ん じ ゅ ん せ ん

わ れ ら の し め い こ の と き に あ り

に ん き ょ う い っ ぺ ん ま さ に み を て い す べ し

ゆ う か ん ち ん ち ゃ く ま た き び ん

は っ き せ ん し ょ う ぼ う だ い せ い し ん


○消防精神

天が裂けようとも地が崩れようとも驚きもせず、大火になろうとも台風大雨がこようとも何で躊躇(ためらう)うものか。消防はこのようなときにこそ勇敢で慌てず、すばやく活動することができるのだ。消防はこのようなときに役割を発揮しないと何時出来るか。これが消防のモットーであり、即ち、人の心理とするものであり、これが消防の大精神である。

消防精神は漢詩として残されている。漢詩の作者は「松口月城」である。
本名は「松口栄太」職業はドクターである。吟詠愛好家の人はほとんどが知っている。月城先生は、明治24年4月1日生まれ、数々の功績を残し、昭和56年7月16日96年の生涯を閉じられた。

消防精神の漢詩はいつ頃どのような気持ちで作られたかである。昭和20年6月19日、4トントラックで382台分の焼夷弾が落とされた福岡大空襲により、福岡市は全戸数の四分の一を焼失し、被災者5万6千人を超える被害をうけた。その時の消防の活動を目のあたりにした月城は消防の立派な行動を褒め称えた。消防は火事や大雨などの災害のとき、住民と一体となって災害活動に立ち向かい、特に、警防団(消防団) は自分の仕事を持ちながらわれを忘れて身を挺して勇敢に災害に立ち向かい、その有様は、当に、 弱きを助け強きを挫く、おとこ気、男だてであり、なんと頼もしいことかと口癖のように言っていた。
月城氏は地域において多くの役職をしており消防に対する強い思い入れがあったようである。

この漢詩を書くきっかけは、前述の想いと戦後まもなく、出会った一人の人物がいる。
昭和20年に八幡消防署、昭和22年から福岡市消防署に兼務していた福岡県警の山根政雄警部(当時、官設消防にあり消防担当)が自治体消防となる消防のために「消防精神」を吟詠してほしいとの山根警部の強い懇望によって書かれたものである。




松口月城氏についてもっと詳しく知りたい方は、
ミリカローデン那珂川「松口月城記念館」をご覧下さい。
※消防防災博物館外のサイトにリンクしています※


戻る トップ 次へ