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広重の描く江戸火消の世界


江戸の華 上巻   下巻
その一 毎町自身番屋火事を知らするの図

その二 御使番並諸侯手子火元見之図

その三 御使番並火事場見廻役駈付之図

その四 御小姓衆君命により火所に迎ひ並大火に付要所警固之図

その五 十人火消勢揃之図

その六 十人火消出馬之図

その七 諸侯御見舞火消繰出之図

その八 加州侯御火消大聖殿前警衛之図

その九 近火破眠之図

その十 商店近火之見舞を受る之景
   その一 本所深川十六ノ組火に迎之図

その二 いろは組の内“を組”組を立て火に迎ふの景

その三 諸侯奥方御立退之図

その四 急火土蔵之戸前目塗之図

その五 火災家具持出之景

その六 牢払之罪人火に追れ逃行光景

その七 遊君別荘江立退之図

その八 四十八組之内壹番組いよはに万の五組火がか里の図

その九 町火消弁當を送り来し図

その十 鎮火する否や板囲をするの図

その十一 火事場数丁を去る風上の所に於て空腹いやすの景

立齋

歌川広重の横顔

“江戸乃華”の作者,広重は,寛政八年(一七九六)江戸・八代洲河岸(現在の八重洲町)定火消同心,安藤徳右衛門の子としてこの定火消屋敷で生れ,幼名を徳太郎,長じて徳兵衛といった。
広重は,幼少の頃から絵が上手であったことから十五才の時,浮世絵師,歌川豊広の門人となり,師匠の一字をもらって“広重”の名になったもので,画号は,“一幽斉”・“一遊斉”と称し,後に“一立斉”又は“立斉”と名のる一流の浮世師となった。(“江戸乃華”下巻の終りの絵に“立斉”と記してある)
浮世絵師として“広重”の名は世界的に知られているが,名作といわれる代表作品にはつぎのようなものがある。
東海道五十三次 五十五枚揃
木曽街道六十九次
名所江戸百景 百丁八枚揃
絵本江戸土産 中本九冊(本書に一部収録)
富嶽三十六景 絶筆
などで,主に風景画の作品を数多く画き続けたその生涯をつぎのように時代区分して評価されている。
第一期 美人画中心時代……………十八才〜三十才
第二期 風景画準備時代……………三十一才〜三十五才
第三期 風景画及花鳥画新興時代…三十六才〜四十才
第四期 円熟時代……………………四十一才〜五十才
第五期 風景画余力時代……………五十一才〜六十二才

鳥山石燕門人系図このような浮世絵という手法の風景画の作品を数々残した広重は安政五年(一八五八)九月六十二才でその生涯をとじ,法名を顕巧院徳翁立居士として浅草,新寺町の浄土宗東岳寺に葬られている。
“江戸乃華”は上下二軸に収められた二十一点(目録参照)を絹地に画いた火事絵からなり,広重の初期の作品であるが筆致の優れていることは勿論であるが,それにもまして題材,構図,色彩,考証など総ての点で定火消同心という職業でなければ到底画き得ない境地の素晴しい火事絵で,広重が青年期に度々の火事に出動し,身を挺し火と斗った貴重な体験によってこの大作を残したもので,その美術的価値の高さにもまして,火消時代における火と斗った人々の様子が克明に画かれている点で火消の歴史の上でも極めて価値の高い資料として評価できる作品である。(現在,この作品の手法を模した駄作は数点残されている)
広重は,浮世絵師として世に認められるようになり,画家としての生涯を送ることを志し文政七年(一八二四)二十七才のときに家業である定火消同心の家督を子供に譲り,画業一本に浮世絵師として大成することになったものである。

浮世絵は国立国会図書館蔵
「歌川広重の横顔」と各浮世絵に関する解説は日本消防写真史編集委員会発行「江戸乃華」より