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トルコ共和国西部地震災害

トルコ共和国西部地震災害

災害の概要    派遣要請等    活動概要    主な使用資器材    生存者の救出活動状況    派遣隊員及び部隊編成等    今後の課題と検討事項    総括所感

5.生存者の救出活動状況

1    救出日時
1999年 8月19日 12時38分(現地時間)

2 救出場所
トルコ共和国 ヤロヴァ市カジオスマン・パシャマハ地区
バフチェリヴシル通り 「ザフェルアパート」倒壊現場

3 生存者名
メラハト・ウズクルト(74歳)女性 イスタンブール在中

4 被災状況
イスタンブールからヤロヴァの別荘に滞在中に、4階建てのビルの3階で就寝中に被災し、気づいた時は瓦礫の下敷きとなっていた。

5 倒壊建物状況
(1) 1967〜69年の間に建築
(2) 古い建物で地図にも載っている。
(3) 耐火4/0の共同住宅で名称は「ザフェルアパート」
(4) 284部屋があり、西側に面する80部屋が崩壊した。
(5) 今回の震災で48名が行方不明となり、10名が救出(日本チームが救出した74歳女性を含む)され、38名が社会死状態で発見された。

6 活動状況
(1) 発見状況
4階建ての共同住宅が崩壊し、地元ボランティア等により重機を活用した建物の解体作業が進んでいた現場であった。ボランティアは作業中に呻き声を聞き、解体作業を中断した。
ボランティアは呻き声がした付近を捜索すると、瓦礫に挟まれている生存者を発見した。瓦礫の中から救出しようとしたが、身体が挟まれておりボランティアでは救出困難であった。
(2) 生存者の状況
4階建ての共同住宅が倒壊し、生存者は約30〜40cmのコンクリート壁の隙間に両肩が木片に挟まれ、隙間の奥で両下肢が瓦礫に埋まっていた。
また、生存者の状態はベッド上で左側臥位となり脱出不能であった。
(3) 救助活動状況
副隊長が現場の統括指揮に当り、要救助者への受傷防止を救急救命士に命じ、現地対策本部へ無線機により生存者発見の報告をした。
生存者の身体の挟まれ状況を確認するとともに、全部隊の投入が必要と判断し、所要の人員及び資器材の応援要請を行った。
手が届く範囲で、コンクリート片、瓦礫、木材等を除去し、救出作業の安全と生存者の身体の安全を確保するため、当て木を使用し油圧式救助器具を設定した。
団長及び応援隊が到着し、隊員が内部進入、壊れた家具片、コンクリート塊、板等を手渡しで排除し、応援隊がロープで警戒区域を設定し動範囲を確保した。
隊員が内部進入し柱を鋸で切断するとともに、鋸の先端が要救助者に接触しないように、救急救命士に安全を確認させた。内部の活動は、隙間が30〜40cmと狭く、さらに酷暑とコンクリートの粉塵が舞い散るなど作業環境が劣悪なため、数人の隊員が交替して実施した。
要救助者の救出障害となる柱、家具片、トランクケースの排除を完了、さらに手掘りにより生存者に覆い被さっているコンクリート塊を手掘りで排除し、要救助者に声を掛けて受傷状況を確認した。
医師の助言を得て要救助者に滅菌ガーゼで水分の補給を行い、トルコ救急隊の担架及びボランティアが用意した毛布を救出口まで準備させ、救急隊までの搬出経路を確保した。要救助者に声を掛けて間もなく救出する旨を伝え、頸部の動揺防止に注意して少しずつ移動し、12時38分、生存者の身体を確実に確保して、救出口に準備した担架の上に移動した。
毛布で保温して、既に実施した頸部固定、酸素吸入を継続し、トルコ救急隊の救急車まで搬送して救助活動を終了した。

7 生存者の経過等
(1) 収容先
救出現場からトルコ救急隊により現地対策本部に併設されている野戦病院に一旦収容され、その後ヘリコプターでイスタンブールのグレバ病院に搬送され入院した。
(2) 予後
新聞報道(8月24日付読売)によると、左下肢等に打撲や擦過傷があるものの、脱水症状による肝機能障害等から順調に回復している。

8 その他
(1) 生存者のメラハト・ウズクルトさんは、60年前のトルコ東部エルジンジャン大地震(1939年12月27日M7.8死者約3万3千人)でも被災し、ベッドの下に潜りこみ込み16時間ぶりに助け出された経験がある。
(2) 新聞報道(8月24日読売)によると、生存者のメラハト・ウズクルトさんは、今回、日本隊によって助けられたことに対して「神と日本の皆さんの両方に心から感謝したい」と語った。






現場付近図・写真



衆人注目の中での救助活動 瓦礫に挟まれている要救助者

ボートパワーを設定する隊員 ポートパワーの設定状況