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2017年10月20日(金)
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鳶頭政五郎覚書

鳶頭政五郎覚書

3.江戸鳶の木遣
(1) (2) (3) (4) (5) (6)

(5)“真鶴”は鶴の一声のように

私は14歳でこの稼業に入ったんですが、まず奉公に行った箱二(はこに)のおじさん(木村藤吉)のところで、その後、親戚の鞘町事(さやちょうこと)松田久吉さんのとこへ木遣の稽古に通った。鞘町さんは毎朝5時半に起きて、6時に井戸んとこで顔を洗って、一声“真鶴(まなづる)”をきるのが習慣だった。その出来で1日の調子をみて、おもむろに龍角散を1匙口にする。
真鶴

「木遣定本」より
鞘町さんの前でジュースとかラムネなんか飲んだりすると、
「木遣には炭酸飲料はいけねえ、飲むんなら白湯にしろ」
って、扇子でピシッとやられる。
“真鶴”ってのは、木遣やるときの最初にでてくる唄で、歌詞としては、
「おんやりょうー」
という掛け声ではじまるんだけど、これは、
「おーい、やるよー」
「仕事、はじめるよー」
って、それなりに意味がある。ただの掛け声ではない。“真鶴”っていうくらいだから、鶴が空に向かって鳴くときのように、頭のてっぺんから出す声ではじまる。遠くまで響く鶴の一声で、作業員に、
「おーい、はじめるぞー」
っていう合図になるわけだ。この一声は、仕事場の遠くにいても、何をやってても聞こえる一声でなくてはならない。そういう気持ちでもってはじめる木遣で、いつも“真鶴”は最初にやる木遣になっている。鶴の一声にもいろいろあって、木遣師によって声の高さがちがってるけど、これだけは高けりゃ高いほうがいい、本当に鶴みたいに脳天から声出す木遣師のは、ものすごく遠くまで響く。低い声じゃ劇場ではそこそこいいけれども、外に出たらまるきし駄目だ。野っぱらで響く声を出せるのは、江戸木遣師のなかでも、そう多くはいない。そこに各木遣グループの特色というか差が出てくるわけだ。

もともと昔の労働歌としての木遣はもっと素朴で、町中でだれでもが口ずさんでいたものだった。日常の庶民生活のどこででも耳にすることができたもので、それがやがて出てくる清元(きよもと)や常磐津(ときわづ)などに木遣調子ってのが入っている。清元も常磐津もこれはお座敷芸だから、やはり社会に余裕がでてきてからのものだろうけど、大なり小なり、それまで町中にあった調子から発生してきたもので、清元の発声法が木遣に似ているのも偶然ではない。集団で歌っていた木遣が独唱となって、清元、常磐津の形になってお座敷に入っていった。江戸木遣400年の歴史の流れなんだと思うね。
ところで、結婚式場での木遣みたいに、おめでたいときの木遣は、いくらでもそれに添う内容のものがあるんだけれど、仏事のときはというと、そのためのがあるわけではない。元来が労働歌だから当然といえるわけだが、でも仏事の木遣もよく聞くところ。どうするかというと、あいつは海が好きだったから海に因んだもの、山によく行ってたから山のもの、日本橋で育ったから土地の木遣師として送ってやろうということでやってやる。その人の好きだった木遣を歌ってやる。木遣にかぎらず、本人が好きだったからって、新内や清元や祭り囃子での通夜ってのも多くある。なかなかいいもんだよ。

江戸町火消関係資料4
町火消道具その3 梯子・指俣・鳶口各種・消し札

「江戸町火消合印控」より