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2017年10月23日(月)
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鳶頭政五郎覚書

鳶頭政五郎覚書

3.江戸鳶の木遣
(1) (2) (3) (4) (5) (6)

(6)手締め

我われの江戸消防記念会では、なにかにつけて“手締め”をやる。それは、江戸消防のさまざまな行事のなかでやっている手締めということで、あくまでも我われの世界での形になる。
たとえば、何か団体の周年記念とか、いろいろの行事などには、かならずそれを企画し運営した実行委員長、いわば世話人がいるわけで、開会の挨拶からはじまってお開きの挨拶まである。それらが全部とどこおりなく、トラブルもなく無事丸くおさまったということで“手を締める”。
あの拍子の“ちゃちゃちゃん、ちゃちゃちゃん、ちゃちゃちゃん、ちゃん”は、“三が三つで、九”“それに1つの点”を入れて“九に点”で漢字の“丸”を表す。これが我われの業界での手締めの解釈となる。
「すべて丸くおさまりまして、みなさんご苦労さんでした」
となる。これを1回だけで終わらせるのが“一本締め”、3回繰り返すのが“三本締め”となる。
それではその“三本締め”は何かというと、行事の開会でもって一本締め、議案の審議等がひととおり終わったところで一本締め、そして懇親会に入ってめでたくすべてが終了というところで一本締めで、それで三本締めという意味をもたせているのが1つの解釈。
もう1つの解釈は、たとえば、歌舞伎の名跡(みょうせき)の襲名披露だとか落語の真打ち披露なんかの場合、その会場はだいたいが劇場だとか舞台で行われ、その当事者の口上、本人の略歴などを述べて、お客様の御承認をいただく、その披露の宴が無事終わっての三本締めということになる。ここでいきなり、
「三本締めでお願いします」
と音頭とる人と、一言断って進める人とがいる。
「本日の当事者に一本、本日ご来場のお客様に一本、それからここの席亭に一本」
と、こじつけの注釈をつけて、
「それではご一同様、お手を拝借」
ということになると、参加者全員が納得してくれる。
我われの業界ではほとんど一本締めが多い。最近の一本締めっていうと、“ちょん締め”とかいって、手1つだけ打って“ちゃん”で終わってしまったり、親指と人指し指だけでやったりするのがあるけど、いただけない。
もう1つの手締めのやりかたで、我われは“開会の辞”で最初の手締めをやるときもある。これはまあ、こじつけみたいなもんなんだけど、
「丸くおさまるために、みなさんのご協力をお願いいたします」
ということで、手締めを初めに入れる。そして審議が無事終わったところで中締め、祝宴や出し物も終わって閉会の辞で、大締めをやる。最初の締め、中の締め、最後の締めとくるわけ。
私は、いろいろな席に呼ばれていくんですが、最後の手締めのときに、
「来賓の誰々さん、ひとつよろしくお願いいたします。鳶頭(かしら)、お願いします」
と音頭とりをすすめられることがあるが、これは本来おかしいことになる。音頭をとるのは、その行事なり企画の計画実行にあたって、場所を設定したり、交渉ごとしたり、大店からの資金の協力をあおいだり、もろもろの世話をした人、釆配をふってとどこおりなく行事を終了させた責任者が、協力者へのお礼をこめてやることなんです。
「本日無事おさまりました」
と、感謝の意をこめてやるのが本来の姿で、来賓がしゃしゃり出るものではない。私がやったんでは、最後を締める責任者に失礼になってしまい、手締めの本来の意味から離れてしまう。世界がちがえば別のやり方もあるわけですから、自分なんかが出る幕ではない、遠慮するのが筋というもの。こういった達引き(たてびき)を心得ていないと、粋でなくなってしまう。
我われの江戸消防にしても、鳶関係の世界にしても、仕切り役はみんな私のような鳶頭だから、手締めの音頭をとるのは鳶頭ということになる。そして、江戸消防の手締めでは、せっかくお祝いの手締めをやるんだから、その前に“遣り声”の1つも入れましょうということで、“真鶴”をひと声やってから、
「いよぉーっ」
ということになる。

江戸町火消関係資料5
町火消道具その4 玄藩桶・龍吐水(い組用)

「江戸町火消合印控」より