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2017年12月17日(日)
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鳶頭政五郎覚書

鳶頭政五郎覚書

2.町鳶・町火消と江戸の町
(1) (2) (3) (4) (5)

(1)鳶か火消か火消か鳶か
建築の基礎を固める地形は鳶の仕事のひとつ
風俗画報 江戸の華より


“鳶”という稼業がどんな仕事なのか、おわかりになる方はわずかだと思うんで簡単に説明すると、今の時代の鳶というと2種類に分かれてて、一方は大手の建設会社、たとえば鹿島建設とか竹中工務店といったゼネコンさん専属の下請けをしている野丁場(のちょうば)の鳶で、建設現場ごとを渡り歩いて仕事をしている。
それに対して私どものは町鳶といって、今では少なくなってしまったけど、昔でいう八百八町といったなかの1町1町の抱え鳶ということになり、ご町内の方がたから“頭(かしら)”と呼んでもらったり、その町の抱えの鳶ということから“町頭(ちょうがしら)”、あるいはまた“仕事師”などと、いろいろな呼ばれ方をされている。また漢字の“鳶”に“頭”をつけて、“鳶頭”と書いて“かしら”と読ませるようなことが、江戸・明治と昔からつづいている。どうして“鳶”っていうかとなると、伝えられている話の1つには、火事場道具に“鳶口”を使うところからきているというもっともらしい説と、もう1つはこじつけもいいとこで、ご城内で足場をかけて仕事をしていた人夫をさして殿様が、
「あれは何だ?」
と家来に聞いたところが、家来がちょうどその上を飛んでいた鳥のことと勘ちがいして、
「はい、あれは鳶でございます」
と答えてしまったことから、工事現場の人たちがみんな“鳶”という職人になってしまったとか。実際のところは私にもわからないし、また仕事の内容を説明するにも困ってしまう。とくに外国なんかでは通じない職業のようで、説明のしようがない。

“鳶か火消か、火消か鳶か”とよく言われるように、我われの稼業は江戸時代に町火消の制度ができて以来、天職を2つもっていたわけ。鳶をやりながら火消をやっていて、毎日火事があるわけじゃないから、ふだんは鳶仕事をしている。本業を2つもっていて、それを使いわけしているめずらしい稼業だった。町内の鳶の者だとか鳶頭、町抱えの鳶などと言われながら日常の鳶仕事をやっていて、ひとたび町内で火事があったり、お出入り先から火が出たりなんかすると、たちまち火消として真っ直ぐに駆けつけることになる。木造ばっかりの当時のことだから、一生に何回かの火事に見舞われ、それも江戸時代は大火事がけっこう多かった。その度に、焼けた家やお出入り先では、今度は家の建て替えが必要になってきて、そこで我われが鳶本来の仕事師となって職方を集めるという、今でいうコーディネーターの役をはたすことになる。
「鳶頭、家を建てんだけど頼むよ」
「はい、わかりました」
って、大工を呼んだり左官に声かけたり、いろいろな職方20何業種を連れてくる。ですからみんなが、鳶頭を呼んでこないと先へ進まないというので、“仕事の師”というような意味も含まれていた。
私ら江戸っ子は“ひ”と“し”の発音がこんがらかっていて、“ひ”がみんな“し”になってしまう。漢字で“火事師”と書いても、声にすると“しごとし”と聞こえてしまうんで、“火事師”と“仕事師”と適当に恰好つけて話している次第なんです。まあ、こんなふうな稼業をしているわけで、現在建設業32業種の中の“鳶工事業”としてやってます。
どちらにしても、町内や地域にくっついている町鳶・町内鳶ということで、町内とのいろんなしがらみができていて、町がやる1年の様々な行事の全部にかかわっていた。江戸・明治の昔は、歳時記見てるだけでも退屈しないくらい、毎月10日くらいはなんだかんだ行事が行われていた。そういった行事に、当時の鳶が鳶頭を中心にしてかかわって、すべての段取りをこしらえていた時代があった。

江戸時代の街の様子と い組 の鳶頭(火事のない平素の組頭は、町内の萬世話役、
もめ事の仲裁などどんなことでも取り仕切ることを建前とし、江戸町民に高い評価をうけた。)
鎮火安心図巻より